第2話

 作業袋へ隠せばバレないが道案内は難しくなるし、トラブルの現場が分からないと外出する意味がない。だからといって手のひらに乗せて歩くわけにもいかない。

 みんなで案を出し合い、うちに来たときと同じくロアの背中に潜り込む方法に決まった。


 進む方角は体毛の中でイワカジリが動き教えてくれる。右に曲がるときは背中で右へ移動し、ロアが動きを感じ取りそちらへ進む。



「今更だけど、イワカジリがうちに来ているのは誰にも知られていないよね」

「大丈夫だと思うよ。気づかれていたら雪の森がザワザワしそうだけど、それはないから」

「なら安心だね。行こうか」



 ドアノブをまわす手に力が入る。ここから先はイワカジリの存在を気取られないよう、自然に振舞いながら、緊張感を高めて行こう。



「今日はロアの好きな木の実を取りに行こうか」



 わざとらしくならないように監視を続ける生き物達にアピールする。



「やったね! でも、雪の降り方が心配。ひどくならないといいけど」



 本降り一歩手前の雪が途切れることなく静かに落ちる。足跡を消してくれるから好都合だ。

 案内されるがまま木々の合間を行く。

 代わり映えのない景色に方向感覚が狂う。住処の位置を特定されないように、わざと遠回りをしているらしい。



「ぷぷぷっ。背中がくすぐったい……」

「頑張って。木の実を取ったら、背中を見てあげる」

「はーい」



 めちゃくちゃに歩き回るうちに森の深部へ踏み入れたことに気づく。

 森歩きを日課とする私達でも深部へは足を踏み入れない。自生する薄氷の木と価値観が合わないからだ。

 浜辺側の森には多くの動植物が生息し、島の内側、すなわち深部へ進むと生き物の気配は薄くなる。

 浜辺側の森は友好的だが、深部は殺伐とした印象だ。



「ロア、今どの方角に向かって進んでいるのか分かる?」



 深部の森は方向感覚が狂う、迷いの森だ。

 木が一定の間隔で行儀よく並び、枝の本数も生える位置も同じ。一本の木をコピーして作られたかのような風景が広がっている。



「まったく。でも、食糧庫にある触手の匂いを目印にすれば戻れると思うよ」

「こんなところまで臭うの?」

「うん。なかなか強烈な良い匂いだよ。リリィの家じゃなかったら、森中の獣が押し寄せて、奪い合いになるところだね!」



 快活なロアに対し、私は身を案じる。



「じゃあ、こちらの位置も知られているんじゃないの?」

「かもね。でも追いかけて来ないと思うよ。深部へ入るのはとんでもない方向音痴か、何も考えていないおバカさんだけだよ」

「私達はどっちだろうね」

「うーん。方向音痴じゃないし、リリィは賢いから、どっちでもないね!」



 後先考えず出発をして、深部行きを想定していなかった。ロアはどちらも否定するが、おバカさんに当てはまりそうだ。 

 自宅へ戻れるならバカでも方向音痴でも構わない。深部で迷子になったら負けだから。

 深部の森は、迷子が命を落とす瞬間を見るのを好む。

 手始めに、迷い込み帰れなくなった生き物へ幹を提供し、居心地の良い寝床を与える。

 深部は生活に不向きで、植物がほとんど自生しておらず鳥獣は寄りつかない。食べ物も飲み水も満足に得られず、迷子は衰弱し命を落とす。


 助かる命を迷わせ、木に棲みつかせて絶望させるのだから質が悪い。

 深部の森は好奇心を満たすために命を奪う、歪んだ性格の木の集まりなのだ。


 この地に巣を作るとはイワカジリは肝が据わっている。

 ロアが足を止める。背中のイワカジリは注意深く触角と首を伸ばした後、ぴょんと飛び降りた。

 目的地へ到着したようだ。


 イワカジリの巣は根雪にカモフラージュされた岩の内部に作られている。積雪により岩の正確な大きさは分からないが、岩の上部に六つの窪みがあり、これが出入り口らしい。

 気になるのは内部の構造だ。岩を掘り起こして観察したいが、アリが住んでいるのに家を壊すわけにはいかない。

 イワカジリは一年ごとに居住地を移すから、引っ越しが終わるまで大人しく待とう。



「住みやすそうな良い岩だね。住処を見つけるコツがあるの?」



 質問をすれば、後ろ足で軽く雪を蹴った。これは拒絶の合図だ。



「教えてもらうけど、これ以上は教えられない……? そうか、家の仕組みが知られたら、色々な生き物に襲われやすくなるものね。気が利かなくてごめんなさい」 

「助けると言いながら、巣を見たいだけだったりして」

「もう、そんなことないよ」



 巣は気になるが群れを助けたい気持ちは本物だ。イワカジリは厳しい環境の中、生きる覚悟がある。見捨てることはできない。

 案内役のイワカジリが巣穴へ戻った。帰宅を知らせているらしい。

 待つこと数分、三匹のアリが現れた。一匹は明らかに体が大きく、群れのリーダーだと分かる。

 三匹はきれいに一列に並び、うやうやしく触角を下げた。

 ごろごろしているロアを呼んで自己紹介を済ませる。



「話は聞いてるよ。これはお土産。うちにたくさんあって困っているの。遠慮せずにもらってくれると嬉しいな」



 触手のぶつ切りを置くと、三匹は触覚と口先で状態を確かめ、巣穴から無数のアリを呼び出した。

 気に入ってもらえたみたいだ。

 体は小さいのに力持ち。ぶつ切りを切り出し、体格の五倍はある塊を効率良く運ぶ。

 いじらしくもたくましい行列を観察していると、海由来の生臭さが鼻につく。あまり気にしていなかったが、これがロアが言っていた臭いか。

 可能性は低いが、お土産が原因で深部の森に動物が入り込むかもしれない。獣除けが必要だ。

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