第3話

「豪華客船や商船が沈没したのかもね」



 一カ月ほど前に大量の帆布やロープが流れ着いたが、あれは船の一部だ。豪華客船なら船内の調度品は豪華だし、乗客は金持ちで貴金属を身に付けているから、その積荷が流れ着いたとしたら納得がいく。


 あるいは商船。あらゆる荷物を運ぶから、貴重な品を運ぶ途中で沈没した可能性もある。

 この推理なら、ふんどしのような想定外のオチにはならないはずだと自信をにじませるが、ロアは鼻をならす。



「夢がないなぁ。僕は海賊船だと思うよ。宝物を狙って、広い海を冒険していたんだ」



 鋭い考察だ。

 ロアの憶測は夢物語ではなく、船が襲撃され沈められる事件はあらゆる海域で起きている。



「ロアにしては冴えているね」

「今更だけど、リリィって僕をちょっぴりバカにしているよね?」

「そんなことない。気のせいだよ」



 狼の予想をノートに記しながら、硝子片の数字へ思いを巡らす。



「海賊の可能性は高いよ。ナンバーで階級を表す海賊がいるらしいの。もしかしたら、この二十八もそうなのかもね」

「数字かぁ。それって他のものにもあったよね」

「そうなの? 詳しく教えて」



 びしょ濡れの袋、壊れた木箱、装飾の施された缶など、あらゆるものに番号があったそうだ。



「覚えている数字を言うね。二十九、十、三、一だよ」

「ロアが覚えているなんて……」

「珍しいでしょ。数字を順番に読むと、にくてんさい、になるからね」



 語呂合わせで肉を食べたいアピールをされたが、あえて反応せずに数字の意味を考える。 数字には規則性がない。もしも多くの積荷に数字が記されているとしたら、管理番号の可能性がある。


 大量の荷物を運ぶとき、商品名ではなく数字なら中身が分からない。数字の意味は売人と取引先しか知らないため、周囲にバレないように商品の受け渡しができる。



「数字で管理しなければ困るものをこっそり運んでいたのかもね。危険な薬物を塗り込んだ陶器や、輸出禁止の宝石、身寄りのない子ども。破格の値段で後腐れのないように仕入れるの」



 密輸の可能性を話すと、ロアはぶるりと震えた。



「なんだか怖いよ」



 しまった。この予想はロアには刺激が強かった。

 お詫びの気持ちを込めて背中を撫でてやる。



「ごめんね。私は元々売られる側だったから、そういう発想になるんだと思う」



 私は遥か西方の小国で生まれた。

 小国は決まりごとだらけで、食べる量、睡眠時間、トイレの回数までなんでも制限されていた。窮屈すぎて耐えられず、人身売買の密売人と交渉して自身を売った。国から逃げ出し自由が欲しかったのだ。


 密輸船は座礁したが、奇跡的に私はケガひとつなく最果て島に辿り着いた。

 小国とは違い、島には明るい日々や不思議な発見がたくさんあるから、島での経験を活かしてポジティブな発想で答えればロアが怯えなくてすんだ。


 私は過去をひきずり生きている。

 少しでも前向きに過ごそうと頑張るものの、ふとした瞬間にボロが出て上手くいかないのが歯がゆい。



「怖がらせてごめんね」

「リリィはすぐに落ち込む。大丈夫だよ、僕がおもしろい話に変えるから。そうだなあ、あの数字は星の数なんだ」



 ロアは歌うようにして語る。

 とある木箱には二十九個の星が入っており、金平糖くらいの大きさで力強い光を放つ。

 大きな麻袋では迷子の彗星が昼寝の真っ最中。帰り道は分からないけど、船にはたくさんの仲間がいるから寂しくはない。


 船長によって集められた星々は大海原を行く。目的地は船長の故郷である夜の来ない島だ。夜を知らない島民達のために世界中の星を集め、夜空を再現しようと考えた。

 船長はふるさとを思う。初めて見る星に、みんなどんな顔をするのか楽しみだ。



「良いね。寝る前に読む絵本みたい」

「ありがとう! でもね、島に着く直前に、船は嵐に巻き込まれて沈んじゃうんだ」



 島民に助けられ船員は全員無事だったが、積荷はすべて流されてしまった。

 途方に暮れる乗組員達を島の人々は慰めた。



「泣かないで。星はすぐ傍にあるから、ってね」



 船長は驚いた。

 海中に銀河を見つけたのだ。


 ビーズのような小さな光、これは星々だ。サンゴの美しさを引き立て輝くもの、海藻の影で恥ずかしそうにきらめくもの、夜空とは違った個性がきらりと光る。

 ひときわ元気に泳ぐのは彗星だ。魚と戯れながら海中に翠の尾を伸ばし、浅瀬の白砂に線を描いては、カニやエビが興味津々な様子でその上を歩いていた。


 星は海に居場所を見出したのだ。


 その後、船員は島民に温かく迎えられ、星々とともに幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。



「星が海で輝く摩訶不思議なお話。自由なロアらしくて好きだよ」



 星は空にあると誰が決めたんだろう。居心地の良い場所を見つけて輝く自由があり、お気に入りの空間で穏やかに過ごせるのなら幸せだ。

 そう考えて、ふと気づく。

 星が海中を選んだように鞄の中身にも意思がある。行きたい場所、欲しいもの、目的があるのかもしれない。

 私は鞄の正体にこだわりすぎていた。調べるのは大切だけれど、まずは当人の意見を聞かなくちゃ。


 狼を撫でる手を止めれば、大きな口から雷のようないびきが漏れだした。眠ってしまったようだ。

 話し疲れたみたい。

 ロアは一度眠ると簡単には起きないため、今がチャンスだ。その場から離れ鞄に近づく。


 鞄の正体はおそらく檻だ。


 不自然に動いた中敷き、高価そうな毛糸やぬいぐるみ、割り振られた数字。そこから考えると中身は売買目的の生物の可能性が高い。鍵は盗難防止用ではなく閉じ込めるために付けられたもので、逃げられては困るものが入っている。


 それはなにか、確認しようと思う。


「こんにちは、少しお喋りできるかな。大丈夫、捕まえたりはしないよ」


 極彩色の毛糸がわずかに動くが、それ以上の変化はない。


 声のかけ方を間違えた。

 捕まえたりしない、なんて警戒されるに決まっている。見知らぬ土地で初対面の人間が昔なじみの友だちのように話しかけても、信じてもらえるはずがない。

 何度も声をかけるのは逆効果な気がする。一旦鞄から離れ、相手が自然に現れるのを待とう。


 一時間、二時間、三時間。

 本を読み、棚を整理して、動きはないまま時間だけが過ぎていく。ときには狼が作る大きな鼻提灯に感動し、まんまるの造形美に思わず「おぉ!」と感想が漏れる。これはすごい。島一番の名人になれそうだ。


 狼の鼻先に注目していると視界の隅で影が横切った。

 なにかが飛んでいるようだが、動きが速く肉眼ではっきり捉えられない。羽音だろうか、マッチを擦ったときのような音が室内に響いている。

 これはもしかすると出てきてくれたのかもしれない。


 移動音はスピードを落としながら旋回し、鞄の上で落ち着いた。

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