第2話
流れ着くものの多くは海水の影響で傷み口にするのは難しいが、棺なら遺体を守るために丈夫に作られており保存状態が良い。
「僕、あれをもう一度たべたいなあ。お供え物ランキング第四位、丸くてもっちり、中が腹黒くてあまーいお菓子」
「大福だね」
「ピンポーン。さすがリリィ。一発で正解するとはさすがだね」
「腹黒の使い方、間違ってるよ」
調査を再開しようとすると、ロアが手元に割り込んできた。
「ねえ、怒ってるの?」
「どうして?」
「僕が棺が流れてくればいいって言ったから」
機嫌を損ねたと思われたようだが、私はいつもと変わらない。
箱の中身に注意が向いていたから、ロアへの反応がなおざりだったのかもしれない。夢中になると周りが見えなくなるのは悪いクセだ。勘違いさせないように気をつけよう。
「そんなことないよ。棺の食べ物を狙うのはどうかとは思う。でも、棺を待ち望む気持ちは私にもあるの。見つけると、気が重くなるけど安心するから」
海に流された棺を見つけると心が痛み、埋葬後に咲く花を考え俯いてしまうが、同時に安心する。世界のどこかで人間が暮らしているという事実が、死者を通して私の孤独を和らげてくれる。会話は難しくても弔いの中に交流があり、胸のうちが温かくなる。
この島に人間がいたら、ちょっとした世間話や悩みを相談できたかもしれないが、広い世界の中で私は島での生活を選んだ。そう考えればひとりぼっちの寂しさが紛れる。
「僕もほっとするよ。薄焼きパン以外のものが食べれるチャンスだからね」
「食べ物は死者へのお供え。本来は私達が口にするものではないよ」
棺は食料を運ぶ船じゃない。
本気で勘違いされているような気がして、訂正する。
「だって死んだらご飯を食べれないもん。棺の中で腐るくらいなら、僕が食べた方がマシだよ」
「まあ、亡くなったら口にできないから理屈は分かるよ。感情の問題かな」
「人間って難しいね。食べられないなら止めれば良いのに、なんで棺に入れるの?」
「待って、考え中」
言われてみれば確かにそうだ。なぜだろう?
納められていたものを思い出すが共通点はない。食べ物に服やお守り、日記まで様々なものがあったが、楽園へ送り出す棺に入れるのだから、よく考えたうえで選ばれているのだと思う。
しかし死者は愛用品を使えず、大切なものは時間と共に劣化する。手元に残せばきれいに保管できるのに、わざわざ納めるのだから不思議だ。
故人の持ち物を手元に残しても仕方がなく入れているとしたら、棺は不用品を入れるゴミ箱になる。それはさすがに失礼だ。
深い意味がありそうなのにさっぱりだ。
「ダメだ。なにも思いつかなかった」
「リリィでも分からないことがあるんだね」
「分からないことばかりだよ。記録がその証拠」
ページをめくり、半年前の記録を辿る。この日は可愛らしい花柄模様の布切れを拾い、服の一部ではないかと推測されている。
ノートに記入されているのは乙女心がたっぷり詰まった空想だ。布はドレスの切れ端で、お姫様が特別な想いを込めて仕立てさせた。愛する王子へ気持ちを伝えるために精一杯おめかしをするのだろう。
なんて考えてみたものの、正体はふんどしだった。
布切れを拾った数日後、棺が流れ着いた。どっしりとした体格の男性は花柄模様の布を下腹部にまとい、添えられた立派な勲章には「第二十四回ふんどし選手権王者」と刻まれていた。
お姫様のドレスではなく王者の勝負服だった。真実に言葉を失い、世界の広さを痛感したっけ。
ページを閉じノートをしまう。
夢を膨らませすぎると精神的なダメージを受ける恐れがあるから、隠された真実に胸を躍らせつつ、期待しすぎないように調べよう。
ロアとの会話がおもしろくて本来の目的から脱線してしまった。
そろそろ鞄の謎の解明に戻ろう。
鞄の中身を全て出し、入れ物の内側をチェックする。
白布の中敷き、その内側がわずかに膨らみ、へこむ。
あれ? 中敷きって勝手に動くものだっけ。
「……うーん。ロアは今日の漂着物をどう思う?」
「むむっ。それを推理するには情報がたりませんなあ。リリィ君、他にヒントはないのですか?」
ロアらしくない喋り方に笑う。最近読んだ子ども向けの探偵物語の影響だ。
「ヒントになるかは分からないけど、あるよ」
作業袋をひっくり返し、四枚の硬貨、大きな硝子の破片、小さな金のピカピカを並べる。
「それではリリィ君、一つずつ説明してくれたまえ」
「はいはい」
四枚の硬貨は島からずっと西へ向かった先にある大陸の通貨だ。浜辺に大量に散らばっており、すべて拾うのはムリだった。
硝子の破片は用途不明だが丸みがあるため、もとは花瓶や壺、おしゃれなボウルなのかもしれない。表面には「二十八」の刻印があり、ぬいぐるみや糸の数字との関係が気になる。
金のピカピカは砂金で、漂着するのはとても珍しい。
「砂金とはなにかね?」
「砂状の金だよ」
図鑑を開き説明をするがロアの反応は薄い。よく分かっていないようだ。
「どう? ヒントになったかな」
「うーん。ちっとも」
探偵ごっこは終了らしく、ロアは砂金に鼻先を近づけ遊びだす。
「砂金ってゴージャスだね。島の外では、硬貨とかキラキラしたものに価値があるんでしょ?」
「そうだね。この金一粒で家が買えると思う。不思議だよね」
「ええっ、これが家になるの?」
驚いたロアが前足を忙しなく動かせば、金は石畳の上を跳ねて棚の下へ転がり消えた。
「家がどこかへ行っちゃった」
「平気。ここでは使えないもの」
最果てでは生きているこの瞬間に価値があるため、腹が膨れない金より、小さな木の実の方がよっぽど喜ばれる。貴金属や骨董品で満たされるのは暮らしに困っていない証拠であり、砂金の持ち主は金持ちなのだろう。
砂金と大量の硬貨、数字の謎は残るが原因に心当たりはある。
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第2話の最期まで目を通して下さり、ありがとうございます!
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