第三章 黒い箱
第1話
長方形の黒い箱を持ち帰った。
回収は大変だった。箱とロアが漁で使う網に絡まって知恵の和の状態になり、なんとかほどき目の届く範囲の漂着物を拾い撤退した。
ドタバタの回収劇はロアのこだわりが原因だ。箱を持ち帰るの一点張りで、決して諦めなかった。
普段は興味を示さないのに突然どうしたんだろう。
薪ストーブで体を温めながら箱を見やる。この中になにが入っているのか、とても気になる。
「そろそろ今日の記録を取ろうかな」
「さんせーい。じゃあ、さっそく開けよう」
開ける前に箱の寸法を調べる。長さは八十センチ、幅が四十センチ、高さは二十五センチ、あまりない大きさだ。
蓋と思われる部分を持ち上げるが開かない。箱の側面に
なら、開ける方法は一つ。
閉まりの悪い棚から錆びた金槌を引っ張り出す。
「うーんと、それはなあに?」
「金槌だよ」
「見れば分かるよ。それで、まさか……」
「そう、壊すの」
鍵がないなら壊すのが手っ取り早い。鍵付きの容器は何度も開けているが、これ以外の方法は問題が起こりやすい。
鍵穴に細い棒を挿せば、穴の中で棒が折れた。それならと入れ物に衝撃を加えたところ、中身は粉々になり判別不明になった。
鍵のみを壊すのが、私の中で一番スマートな解決策なのだ。
「リリィって、やることが突然雑になるよね」
「細かすぎるよりマシだよ」
「いや、細かければ、毎日同じものを食べずに済むかも」
「はいはい。危ないから少し離れてね」
金槌を振り下ろすが一発目が外れてロアにからかわれる。恥ずかしい。狙いを定めて再チャレンジし、金具は根元から外れた。
「開けるよ。覚悟は良い?」
「もちろん。楽しみだなあ」
ロアに箱を見せるようにして足元を隠す。これで石畳のひび割れに気づかれないし、誰かさんに怪力の再来だと騒がれずにすむ。
そもそも、ロアがうるさすぎるのだ。私はちょっと腕の筋肉が発達しているだけで強くはなく、今回も石畳が劣化していて割れやすくなっていただけだ。
宝箱を開ける要領で上蓋を持ち上げる。
中には白い布が敷かれていた。ぬいぐるみが三つ、カラフルな毛糸の束が二つ、薄桃の塊が一つある。
密封されていたのは、ねっとりとした甘い匂い。嗅覚の鋭い狼には辛いようで、毛を逆立てながら距離を置く。
「ファンシーでスウィートかつショッキングな匂いがする……」
「そうだね。私も人工的に作られた香りだと思う」
へんてこな香りは薄桃から発生している。いろいろ試して正体を見極めよう。
まずは有害物質が含まれていないか確認する。今更ながら毒が含まれていたら大変だが、ロアにたずねれば臭いはすさまじいが毒性はないと言う。
念のためモグモグ石を箱に転がして実験すれば、甘やかな香りは薄れて無臭になる。
石は有害物質や汚れを吸い取ると色が濁る。琥珀色から変わらないため、箱の中に悪いものはなさそうだ。
ようやく触って調査ができる。嬉々として手を伸ばしかけたところ、ロアが止めに入った。
「素手はダメだって。手袋をはめた方が良いよ」
「手袋だと手触りが分からないよ」
「記録より命でしょ」
「うーん。どちらかひとつを選ぶなんてできない」
「リリィってかなりおかしいよね。自覚ないの?」
「私はいたって普通だし真剣だよ」
記録も命も大切だから、危険性がないか調べたのだ。
ここはぜひ素手で体験したい。
ロアの小言を無視して匂いの発生源をつまむ。円形の端がわずかに欠けており、表面はサラサラしている。
硬さを知るために石ナイフを添えたところ刃が滑った。指を切らないよう注意して削り、柔らかな破片を指先で潰せば、奇妙なぬめりを残して溶けた。
もしかするとアレかもしれない。
ぬるま湯に固形物の欠片を入れ、軽くこすれば泡立った。
「やっぱり、石鹸だ」
「これで洗うの? 手がお花畑になっちゃうよ」
「ひどい汚れを落とすために作られたのかもしれないね。試しに洗ってみる? 獣臭さが半減するかもよ」
「僕は臭くないもん!」
薄桃の正体を突き止めたところで、毛糸の結び目を解く。
毛糸の長さは七十七メートルあり、自然界のあらゆる色を抽出して一本ずつ染め上げたような美しさがある。
ぬいぐるみのモチーフは動物らしく、目や口の位置がアンバランスな犬や猫、耳は兎でしっぽはヘビの珍獣が入っていた。すべてフリルのドレスを着ており、作り手の独特なセンスが感じられる。
ドレスをめくれば内側に数字の刺繍を発見した。他のぬいぐるみにも同じ数字があり、大陸の言語で七十七と読める。毛糸の長さも同じだし、意味がありそうだ。
不思議が詰まった黒い箱。
謎が多くてわくわくが止まらない。
コレクションにしては一貫性がなく、子どものおもちゃにしては高価な気がするし、鍵をつけるのだから大切な代物なのだろう。
よく分からないものは徹底的に調べて秘密を暴きたくなる。使用目的や、漂着するまでの経緯を自由に想像できるのも楽しい。
「この箱はとてもおもしろいね。ロアがこだわるのが分かる気がする」
「僕はこんなことになるとは思わず、びっくりしてる」
「どういうこと? この箱になにか感じたからじゃないの?」
ロアは残念そうに両耳を伏せる。
「だって、これは棺じゃないよね」
「棺だったらすぐに埋めに行くよ。この箱は鞄の一種だと思うな」
「じゃあ美味しいものは入っていないんだね。あーあ、がっかり。明日こそは棺が流れて来ないかな。食べ物が入っているかもしれないでしょ」
「こら。人の不幸を喜ばないの」
ロアの狙いがようやく分かった。棺に納められた食料が欲しいのだ。
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