第6話
右手は使えるが
夕飯を食べる元気はなく、ロープに巻かれた体をベッドに横たえる。
明日には回復しているように願ったが、症状が収まったのは二日後の夜だった。
毎日浜辺に行けないのはストレスだ。
ロアに行ってもらったが、気分に見合うものしか拾ってこない。棺が波にさらわれ海中へ沈む、そんな想像をしては余計な口出しはしまいとこらえる。
落水は私のミスで、ロアは悪くない。
眉根を寄せているとロアは悟ったかのように口を開く。
「聞かれる前に言っておくけど、棺はなかったよ。リリィは
「
「それだけ真剣なんだよね。じゃないと毎日もの拾いはできないもん」
真剣というより義務感なのかもしれない。記録係の役目を引き継いだとき、生きている限り務めを果たすと誓った。そうでもしないと面目が立たないからだ。
「リリィって生きづらそうだよねえ。毎日サボらず浜辺へ行って、狩りはしないと決め込んでさ。もっとゆるーく生きたら良いのに」
「だよね、私もそう思う」
「意見が合ったね。イエーイ!」
「いえーい」
「ノリが悪いリリィって良いよね。ときめきの塊だよ」
「どういたしまして」
重たいものを抱えてあがけば必死に生きている感じがする。考える必要のないことまで頭を使い、ひとり憂鬱になる。気楽に生活すれば良いのに罪を背負い身軽になろうとしない、私はめんどくさい人間なんだ。
でも実は、そんな生き方が嫌いじゃなかったりする。
そう思えるのは、ロアがありのままの私を受け止めてくれるからだ。気落ちするのは次の一歩を踏み出すための充電期間だと思い、落ち込み悩んで、気がすんだらまた前を向く。
ロアと一緒にあらためて一歩を踏み出すんだ。
「なら、ロアはそんな私に付き合う、とーっても生きづらい狼だね」
「ええ、そんなことないよ。僕はこの島で一番幸せな狼なんだから」
島一番の幸せ者に好かれている私は、ロア以上の幸せ者なのかもしれない。
口元に自然と笑みが戻る。
ほら、もう平気だ。
「そういえば、半分セパレートはどうなったの?」
「ランプシェードだね」
左腕の具合を確かめつつ、木箱に保管していた完成品をお披露目する。
この作品は、外と室内では印象が変わるからおもしろい。
森で掘り起こしたときを思い出す。ランプシェードの表面にランタンの灯りが怪しく映り、燃えているように見えた。気を抜けば溶けてしまう、そんな一抹の不安がよぎる出来栄えだった。
自宅で改めて見ると、真夜中の一室から漏れる光に似ている。硝子の破片が光を受けてきらめく様は、寝付けない夜に見つけた部屋の明かりみたいだ。暗がりから救いだしてくれる希望のように、そっと不安を包む。
仕上がりは上出来。さっそく使おう。
スノーゴーグルを着けて扉を開ければ、細かな雪が乱暴に頬を打つ。
「防寒具がないと風邪をひくよ。っていうか、こんな時間に外に出たら全身がカチコチになって死んじゃうかも」
「平気。すぐそこのアカリキノコに用事があるの」
玄関脇に生えるアカリキノコのうちの一つ、雪が降るのに発光しない。
このキノコは風が苦手だ。
他のキノコが灯るので自宅の目印には困らないが、生態としては問題がある。発光には不純物を吐き出す作用があるため、発光回数が少なければ体内に毒素が溜り、やがて枯れてしまう。
人間の都合で繁殖させたのに枯れてしまうのは切ない。少しでも快適な環境で過ごしてもらいたくて、ランプシェードを作った。
キノコに被せれば、ほどなくして夕焼け色が灯る。風除けになったらしい。
よかった、これで一安心だ。
「それってアカリキノコのために作ったの? てっきりリリィが使うのかと思った」
「私が? どうやって」
「帽子だよ。被るとハッピーになるんだ」
「おもしろいね。でも必要ないかな」
私にはロアがいる。彼は気づいていないが、沈んだ気持ちを上向かせる天才で言葉を交わすと明るく楽しくなれる。
ロアがいるから島暮らしは充実している。
でも本音は内緒だ。素直に話せば、お礼として甘い菓子や大量の肉が欲しいと言われそうだから。
食糧庫から肉を出そうと思えばできるけど、あえてしない。黒毛狼相手に毎食薄焼きパンを出せるのは信頼の証だ。
これからもよろしくね、ロア。
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第6話までお付き合い下さり、ありがとうございます。
気にかけてくださる皆様に感謝です!
ちなみにキノコはなめことしめじが好きです。
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