第3話

 こちらが手を動かしている間、狼は全力で遊んでいた。巨大な丸い玉の上にいびつな雪玉が五つ乗っている。


 雪だるまではなく、本で見かけたトーテムポールや、串に刺さる団子、コーンの上に重ねられたアイスにも似てる。短時間で個性的な雪だるまを作るとは、なかなかのセンスだ。絶妙なバランスで崩れないのもすごい。



「ロアにしては良い作品を作るね。次はかまくらなんてどう?」

「かまくらはリリィが作っているから、やらないよ」



 かまくらを作る、そんな約束をした覚えはない。


 ロアに詳しく聞くと、少し前に作成したランプシェードだった。形がかまくらに似ており、勘違いをしたらしい。


 ランプシェードは材料があれば簡単にできる。

 適当な器に割れた鏡の破片と、琥珀こはくナメクジから採取した粘液を入れて加熱し、キンキンに冷やし固めたら完成だ。

 粗熱は玻璃はりの川の畔で取る。水面から立ち昇る冷気の影響で、夜間は周囲の空気が凍り、肺がやられるが、ものを冷やすには効率が良い。


 ランプシェードを畔に置いた日は天候が悪く小走りで帰った。そろそろ持ち出さないと掘り起こすのが大変になる。



「雪かきが終わったら、玻璃はりの川へ行くね」

「ちょっとそこまで、みたいに気軽に言うね。もうすぐ日が落ちるよ」

「平気。ロアも来てくれるから」

「そうきたか。まあリリィの頼みだし行くけどね」



 川の畔へは森を歩いて十分ほど、持ち帰るだけなら日の入りに間に合う。

 作業袋の中身を点検し、なにが起きても対応できるように備える。

 外出で一番怖いのはトラブルだ。困っても森は助けてくれないし、死の淵にいても監視が続く。

 もしも誰かが私を助ければ、その生き物は敵が増える。私と仲良くなり白妙しろたえつぼみを独り占めしようとするヤツは邪魔だから、排除されるだろう。


 人間と親しくなるのは命がけだから、傍にいてくれるロアや薄氷うすらいの木には本当に感謝している。


 木が生き物の住処として幹や枝を明け渡すのは生き残るための知恵であり、家になれば大事に扱われ、枝や幹を傷つけられずに済むからだ。

 家を提供するのは習性として当たり前なのかもしれないが、常に監視される人間を風雪から守ってくれるのは本当にありがたい。その優しさに応えられるように、これからも壁を拭き続けようと思う。


 ロアは森中から恐れられる黒毛狼だから、誰と一緒に暮らしてもおとがめなしだ。

 黒毛狼と友好関係を築きたい生き物はたくさんいるのに、ロアは私を選んでくれた。

 私達の仲の良さに打算はない。ロアは白妙しろたえつぼみを咲かせる人間ではなく「リリィ」として仲良くしてくれるし、なにを話しても良く、絶対に裏切らない。


 森で前向きに生活できるのは仲間がいるからだ。トラブルが起きてロア達に迷惑をかけないように、安全第一で動こう。


 雪の広場から森へ進む。陽のある時間帯なのに、厚い雲と重なり合う枝がわずかな光をさえぎる。


 一足先に夜が訪れたみたいだ。


 道を間違え迷子にならないようにランタンをかざして進む。黙々と歩き続け、やがて川の畔に着いた。

 お辞儀をしているような木を探し、たもとの雪を払う。埋まっていた器をひっくり返して仕上がりを確認する。

 五センチほどの厚みのある半円に、爽やかなレモンイエローが美しい。ランタンを近づければ溶け残りのガラス片がだいだい色に輝いた。


 興味深そうにロアが顔を近づける。



「肉を焼いているときの火の色だ!」

「お腹が空いているのに付き合ってくれてありがとう。帰ろうか」



 きびすを返そうとしたとき、川に一羽の鳥が舞い降りた。あれはホソクチバシだ。

 細長いクチバシを持ち、短い体毛に雪をまとい森に潜む。風景に溶け込むため目にする機会は少ない。


 群れで動くはずなのに一羽だけなんて、はぐれたのかな。


 ホソクチバシは水面をつつき始めた。その姿は水と戯れているみたいだ。ぱしゃ、ぱた、ぴたん、同じリズムを繰り返す。


 はっとして息をのむ。これは死の踊り、川に囚われたときのステップだ。



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第3話までお読みくださり、ありがとうございます!

焼肉、最近食べてないです。

いつも焼きすぎて、焦がしてしまうのが悩みです。

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