第2話

 ロアはうかれたステップで室内へ入り、数分後、食糧庫にあるホソクチバシの肉を咥えて戻った。



「これはなに?」

「今日のお昼ご飯!」

「なるほど。残念だけど没収ね」

「そんな。リリィのヒトデムシ!」

「私は人でなしじゃないよ。肉は少ないから大事に食べたいの」



 肉は貴重なたんぱく源であり、特別な事情がなければ出さないと決めている。

 耳を垂れるロアをなだめる。しょんぼりする黒毛狼に怖さはなく、愛らしい。



「前回は肉を出してくれたのに」

「あれはあれ。これはこれ」

「結局どれなの!? むむっ、スキありっ!」



 肉を奪おうとする狼をかわす。ロアはバランスを崩し、腹ばいのまま数メートル滑走する。



「食糧庫を自由に漁れるくらい安全ってことか。なら、扉を開けたのはあなた達だね」



 薄氷うすらいの木は根を通じて会話をする。こちらの様子を共有し、帰宅のタイミングに合わせ扉を開けてくれたのだろう。

 珍しいこともある。帰宅の遅さを心配してくれたのなら嬉しい。  

 幹に額を寄せ、指先で優しくさする。



「出迎えてくれてありがとう」



 薪ストーブに火を点けようとして止めた。薄氷うすらいの木は暑さが苦手で、温度を上げすぎると幹をほどき逃げてしまう。室内の空気は生ぬるく、もう少し冷えたら考えよう。

 香草茶を片手に休憩を済ませ、流木の仕分けと記録付けを行えば、午前九時すぎにはあらかたの作業は済んだ。


 まだ一日が始まったばかりなのにロアはあくびが止まらない。



「ねぇねぇ、この後はどうするの? ひたすらゴロゴロ? それともお昼寝?」

「部屋の掃除をするよ。薄氷うすらいの木に日ごろの感謝を伝えたいの」



 寒さに怯えずに暮らせるのは、友好的な木が力を貸してくれるおかげだ。


 屋根替わりの枝で風雪から守り、幹を器用に動かして室内のレイアウトをある程度変更できる。薪ストーブの煙突の通り道を作り、扉や窓の位置を調整、大きなものを拾えばスペースを広げてくれる。


 我が家を構築する薄氷の木には世話になりっぱなしだ。お礼をしなきゃ。



「リリィは働き者だねぇ」

「ロアがのんびりしすぎなの」



 手触りの良い布で幹を一本ずつ拭き、布が汚れたら洗い場へ向かう。

 モグモグ石を積み重ねた囲いの中に水が溜まっている。布を絞り、壁を磨いてやれば幹がくねくねと左右に振れる。


 水の冷たさに驚きながら喜ぶ姿は微笑ましく、ずっと拭きたくなるが、他にやりたいことがあるのでほどほどにする。


 正午、いびきをかくロアを起こし外に出る。


 雲はどんより垂れこめているが、天気はこれ以上崩れそうにない。絶好の雪かき日和だ。

 雪かきは定期的に行う。屋根替わりの枝は積雪に強いが、油断すれば折れる可能性があるし、雪の重みで家は歪み、サボれば扉が開かない。

 屋根には雪がミルフィーユのように積もり、とても重そうだ。すぐにロアに除雪をお願いする。



「お手柔らかにね」



 ロアは高く跳ね、枝を伝い上へ上へと進む。私は自宅から十分な距離を取る。



「それでは、ロア、いきまーす!」



 ロアはその場で数回、勢いよく飛び跳ねた。枝の上で凍った雪がミシミシと音を立て、轟音と共に滑り落ちる。


 地響きに驚いたのか、鳥の群れが飛び立った。



「びっくりした……。ロア、ケガはない?」

「ごめんね。これでも手加減したんだよ。薄氷うすらいの木、驚いて怒っちゃった?」



 一目で分かるくらい、木は生き生きとしている。



「……雪が落ちる音が刺激的で、うっとりしたって言ってる」

「そっか。なら結果オーライだね!」

「うちは変わった趣味を持つ木の集まりだと思わない?」

「リリィも変だからお互い様でしょ」

「なんですって」



 雪を落とした後は愛用のショベルをひたすら動かし、二時間ほどで終わりが見えてきた。

 額に滲む汗をぬぐう。もう少しで雪かきはお終いだ。頑張ろう。



「見て見て、おっきな雪だるまだよ」



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第2話をお読みくださり、ありがとうございます!

寒い日にアイスクリームを食べたくなるのはなぜでしょう…。

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