第二章 薄氷の木と玻璃の川

第1話 

 東の浜辺には、いつも棺が流れ着くわけではない。


 ガラクタがメインで、次に多いのが日用品だ。ときどき骨董品や棺があがり、忘れた頃に八本足の巨大生物が現れるので、海へ返す。


 一番珍しい漂着物は宝物。

 といっても金銀財宝ではなく、暮らしに役立つ道具のことだ。


 例えば料理のレシピ本や冒険家の日記は勉強になるし、著者の人柄や考え方が垣間見えるのはおもしろい。

 島では入手が難しい素材も嬉しい。状態の良い布や糸は、防寒具や破れた手袋の修繕に使える。


 本日の砂浜は丈夫で太いロープ、帆布、あらゆる長さの材木が揃う。

 欲しいものばかりで目が泳ぐが、砂浜ごと持ち帰る方法がないのが悔しい。持てる量と時間は限られるため、ひとまず必要なものを厳選する。


 最優先は流木だ。

 木材は暖を取るのに必要だが、島では小枝一つ落ちていない。薄氷の木は水分を多く含み燃えないため、浜辺で拾い集めるのが唯一の入手方法だ。


 帆布に木材を包みロープでまとめてロアの背中に乗せれば、重たい、動きにくいと不満を漏らされたが、ひとまず無視。木材の束をもう一つ作ると自身が背負う。

 浜辺から空へ昇る光が減り、波が徐々に高くなる。



「いけない。早く戻ろう」



 長居に焦り、小走りで石段を目指せば何もないところで躓いた。



「リリィのドジっ子」

「東の空を見て。海と心中したくないでしょう」

「それはそうなんだけど、いつも通りに帰ろうよ」



 ロアに諭されてしまった。慌てても空回りするだけだし、彼の言う通り焦らず行こう。

 普段と同じペースで石段を登り崖上へ出る。間もなく日が昇るというのに、空は分厚い雲に覆われている。


 ときどき吹く強い風に背中を押されながら雪の森へ入る。


 整然と並ぶ木々の間から、薄墨の闇が他人事のようにこちらを見ている。

 暗がりに潜むのは、時の流れから切り離された奇妙な孤独感。眠る森は静かすぎて、動き回る私達が異物であるかのような錯覚に陥ってしまう。


 森の惑わしには適度に付き合うのがちょうど良い。

 太陽が顔を出せば、闇は影に形を変えて素直に伸びる。今は寝静まる仄暗い森を楽しもう。


 やがて雪の広場に出た。広場の中央にある、一本の大木を模したものが私たちの家だ。

 自宅は薄氷うすらいの木の集まりだ。数十本の幹が円を描くようにねじれ、内側に生まれた空洞が居住スペースとなる。


 帰ったら流木の仕分けをしようと考えていたら、自宅の扉がひとりでに開いた。


 玄関まであと数メートルの位置で足を止める。

 

 戸締りをして家を出たから無人のはずなのに、扉が自動的に開くのはありえない。幹の隙間から侵入した動物やドロボウが潜んでおり、私達の帰宅を狙って攻撃するつもりなら危険だ。


 万が一に備えショベルを構えて待つが動きはない。家主の帰宅に勘づき、室内で息をひそめている可能性がある。

 しっかり対策をしたいのに、警戒心ゼロの狼はあくび交じりに帰宅しようとする。



「ちょっと待って。危ないよ」

「誰もいないよ。なんの気配もしないもん」



 そこまで言うなら確かめてもらおう。黒毛狼なら気性の荒い獣がいても追い払えるだろうし、安全確認に最適だ。


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