6 冬の夜の星は涙

 礼子は彼の前に進み出た。片方の翼はなく、破れた方は折り込めずにいた。

「ひどい姿だ」

「おまえに射られるとはね」

「印を渡せ」と礼子。

 僕は「若いな」と思いながらラムネの粒を放り込んだ。

「覚悟はついたのか」

「脇坂に返す」

「そんなことをしていればいずれ他の勢力に我々の領地を奪われる」

「お兄ちゃんは何がしたい」

「支配だ」

「わたしにはわからない。確かにこの世界は平和とは言えない。でもお兄ちゃんが支配してどうなるの」

「我々がする。我々が選んだ魂だけの世界を創るんだ。おまえも仲間になれるんだ。今こそ世界は変わろうとしている。いや。変えねば」 

 あの世とこの世の領地を支配するものたちが力を持ち、善き魂を選別する。肉体の寿命に支配されない世界を創ろうとしている。

「魂を選ぶ権利なんて、わたしたちにあるの?」

「ある」

 礼子が抜刀した。

 鮮やかな炎が散る。

「お兄ちゃんは魂を道具にしてかわいそうだと思わないの?」

「どうせ行き場のない低俗な魂にすぎない。おまえもゴキブリや蚊を殺すだろう。同じことだ」

「おかしいよ」

「おまえは人生が誰かに支配されてもいいのか。支配者が今の国のような俗人だとしてもか」

「わからない」

「礼子、おまえは賢い。答えに気づいているはずだ。いずれ他人の魂を食らい生きながらえる日が来る」

「そんなこと気づいてるけど、ずっと考えてるけど」

 礼子は飛び込んだ。

 下段から右内ももを払い、返す刀で手首を狙い、腹を突いた。烏間の体が跳ね、礼子の頭上を舞い、ちょうど互いの位置が入れ替わった。

 彼は背後の僕に目で刺した。

 挟み撃ちにできる。

 とはいうものの、彼女の兄と慕う人を殺すのもなあ。ここは二人の問題でもあるし、静かにしていよう。

「何すんねんっ!」

 どこから現れたかもわからない炎に襲われ、左右から腕が刀の鬼が斬り刻んできた。地面を転がるように逃れると、炎をはたき落とした。

 烏間の黒い翼が落ちた。

「何っ!?」

「アホか。せっかく話し合いの邪魔せんとこう思うてたのに。びっくりするやないか。間合いに入られたことにも気づかんのかいな。妙な力や術に頼るから隙が生まれるんや」

 二匹の引火が烏間の隣で燃え続けていた。同時に身動きできない礼子の背後でも三匹が燃えていた。

「ひとまず脇坂とやらの印を返したらどうや。まだ早いわ。おまえの力では扱いきれんで。これまで散々話し合いもしたんかもしれんけど」

 礼子が呼吸を止めた。

 やるのか。

 烏間は間合いに気づいて炎の壁で防御しつつ、左手に潜ませた短刀を逆手で振り上げると、礼子の刃が食い込んだ。炎が緑に揺らいだ。

「おまえもいずれ理解できるようになる。俺はおまえのためにできることをしてやるまでだ」

 礼子は一気に袈裟懸けにした。短刀ごと炎の壁もろとも烏間の体はどす黒い飛沫を上げて倒れた。

 礼子はすぐに後ずさると、間合いから離れた。彼女はコールタール臭い黒い飛沫を浴びた姿のまま構えていた。涙が頬の煤を流した。

 空間が現実に戻る。

 泥の塊の上、シャボン玉のような玉が浮かんでいた。彼女は左手で奪うように握ると、それを胸の前に持っていき身を縮こませた。まるで叫びたいのを我慢しているようだ。


 礼子はベンチに腰を掛けて、膝に両肘をついて頭を抱えていた。僕は鞘に入らない打刀を力尽くで入れようとしたが、今度は抜けなくなったので焦っていると、礼子の護衛を指揮している渋い老人が現れた。

「お嬢様、肝が冷えました」

「ごめん」彼は玉を渡した礼子は笑みを浮かべようとした。「勝手なことした。他の者はどうした?」

「撤収しました」

「これ」僕は刀を返した。「ムリに入れようとしたら抜けなくなった」

「どこにでもある束刀だ。気にすることはない。嫌なことに付き合わせたな。改めて詫びはする」

 礼子は護衛に寄り添われて待機しているミニバンまで歩いた。


「どうしたの?」

 浜中少尉は二人を見送る僕に尋ねてきた。別に何ということはないと答えたが、尻を蹴飛ばされた。

「言いなさいよ」

「二宮に印が一つ増えたなあと」

「ま、まさか。烏間を調べる。あなたが奪えば……」

「いらんわ。あの子は慕ってたお兄ちゃんを殺したことなるんか」

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豊秋津の風〜とよあきつのかぜ henopon @henopon

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