無限ボトル孤独メール

外清内ダク

無限ボトル孤独メール



 何を書こうかな? なんて悩む必要もなく、色々書けばいいに決まってる。なにしろ空ボトルは無限に等しいほど山積みになっていて、海は無限に物を飲み込めるだけのふところ広さを持っていたのだ。

 世界が滅びて七年になる。僕は一人、この小島で今まで生き延びてきた。対核攻撃シェルターとして整備されたとおぼしきこの島には、一万人が数年暮らせるだけの飲料水と食料の備蓄があり、つまるところ僕は一生でも引きこもっていられる。面倒な人付き合いもない。仕事で心身をすり減らす必要もない。世界滅亡後にたったひとり生き残った僕は、皮肉なことに、今になって安楽な暮らしを手に入れた。してみると、人類の文明って一体何だったんだろうな。まるで僕にこの幸福な生活を残すために、みんなが必死こいて働いていたみたいじゃないか。

 だから空ボトルは七年分あった。ゴミ収集車も来ないから、野ざらしの山積みでほったらかしだ。

 僕はふと、ボトルメールを書いてみようと思った。それはちょっとした気の迷い、悪く言えば狂気の一種かもしれない。世界が《無限コンクリート》に圧し潰されて人類が滅亡したことが完全な事実と確認された今、言葉を書くという行為自体に意味はなく、手紙を出すことに至っては全く正気の沙汰じゃない。

 でもなぜか、書きたかった。文面を考える時間はいくらでもあった。ボトルだって無限にあった。

 何を書こう? 僕がどこにいるのか。なぜ生き延びたのか。今までどうして生きて来たのか。休日には何をして過ごしているか――休日ゥ? 毎日が永遠の夏休みだろ。とにかく、日々どんなふうに暮らしているか。趣味は。特技は。好きな食べ物は。そうだな。シェルターの備蓄食料はそんなにバリエーション豊富なわけじゃないが、その中ではワサビフレーバーのローストビーフ缶が一番好きかもしれないな……

 書いた。連ねた。波打ち際のコンクリート護岸の上に、自己紹介が書きなぐられたメモ用紙が積み重なっていく。波が護岸に当たって、爆ぜる。飛沫がメモ用紙に落ちて、じわりと暗い模様を作る。

 違う。

 違うよ。こんなんじゃない。僕が書くべき言葉は、ひとつ。

「さみしい」

 僕は言葉をボトルに詰めて、勢いよく海に投げ込んだ。

 僕の慟哭を乗せたボトルが、波の合間に飲み込まれてく。

 誰にも届くはずがないことを理性で理解していた僕は――泣いた。



THE END.

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