第5話 狙い
「ほーらよ」
軽々しく剣を振り回す相手はまさに勇者で、顔には傲りが混じっている。奏人は先ほどの攻撃のダメージが祟って、回避することすらできなかった。
「スペルク様!!」
今のミカエラには僧侶のことをサポートするだけの力は存在しない。女神に背いた天使として権限が剥奪されているので、ただ見ていることしかできない。
「何でこんなみすぼらしいおっさんなんかが魔王城にいるんだ」
「ちょっとー、可哀そうだよ。やめたげなよ」
勇者の後ろから魔法使いが顔を出す。小顔で可愛らしい顔つきだった。杖も見栄えが重視されており、所々装飾が施されている。
そこで、奏人は気づいた。
頬もこけて、肉もほとんど落ちている。自分が風が吹くと、ぽっきりと骨が折れてしまうようなみすぼらしいことを。
教わった通りに闇魔法を起動する。鈍足、視界遮断、痛覚遮断、毒。形勢を逆転するだけの魔法はない。
「あっぶなー」
次の瞬間には奏人は濁流に飲み込まれていた。水魔法が辺りの土砂を巻き込んで、奏人に襲い掛かる。かろうじて痛覚遮断が間に合う。
「ゔうっ」
呻き声が漏れ出る。涙を流そうにも、目に砂が入ってくる。勇者たちはもう奏人のことを見ていなかった。魔王の玉座を目指している。
「で何故敵が一人だと思っていたんだ」
ルーデウスがどこからともなく登場して、魔法の杖をはじき飛ばす。もう一度見た時には、魔法使いは気絶していた。奏人の目には追えないほどの速さのみねうちだ。
「お、お前」
勇者の乱暴な剣技とルーデウスの洗練された剣技がぶつかり合う。火花が毎度のごとくあがり、勇者はルーデウスに力を押し付ける。丹念に磨かれた刀身は攻撃を受け流し、しなり、勇者を襲う。
「何故、お前はヴィルヘルム様に報告しない。今やるべきことを考えろ」
「人との闘いの最中によそ見とはいい御身分だな」
今度は勇者の剛腕が炸裂する。既に剣は弾き飛ばされていたし、元々勇者が剣を使っていたのはただのかっこつけに過ぎなかった。だから勇者にとっては戦い方などはどうでも良かった。ただ勝つことだけを優先する。
ルーデウスの頬は赤く染め上げられた。力量からして格上の相手だということは分かっていた。そもそも勇者になるだけで多大な才能が必要となる。独学で剣技を少しずつ築き上げてきたルーデウスが勝てる訳がなかった。
それでも立ち上がる。今度こそヴィルヘルム様を守り切る。それだけが彼の心の支えとなっていた。
魔王ヴィルヘルムの書斎を思いっきり開ける。中には庭園を眺め、たそがれるヴィルヘルムがそこにいた。悲哀に満ちた、形容しがたき表情を浮かべていた。
「ついに来たか……。何か言いたいことがあるのだろう」
「魔王ヴィルヘルム、私に力をください。もう守られているだけでは嫌なんです!!」
ミカエラが突如として姿を現す。ヴィルヘルムはその輪郭をしっかりと認識している。ミカエラの憎しみを奥底に潜めた眼差しを受け止めて、じっくりと頷いた。
魔王軍僧侶 @rapurasu1234
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