第41話 新しい道具をお願いしよう

 翌日、店番をマダムに代わってもらってリシア君の道具屋にきたはいいものの。私は店の前で立ち尽くしていた。

 

 すっかり忘れていたけれど、そう言えば最後にリシア君に会ったのって、この前の、相棒だと思っているから、発言のときだよね。(あっ、わからない方は『ホタルの告白』をご覧ください)

 30歳にもなって、あんなこっぱずかしい発言をしてしまった後、どんな顔して会えばいいのだろう。しかも、勝手に勘違いしてドキドキしちゃったし。

 

 リシア君の中で私って、かなりイタイおばさんになってない?

 いや、だとしても(そうでないと思いたいけれど)ここは何事もなかった様に行くのが正解だよね。今までどおり、気軽に普通に。

 無理だぁ。できる気がしない。うわ~、どうしよう。過去の私、なぜあんなこと言った? もう少し自分の年齢を考えろよ!


 なんて、店の前で右往左往していたら。

 

「ホタルさん、店の前でどうしたんすか?」

 

 リシア君に見つかりました。

 そりゃそうだよね。店の真ん前だもんね。見えますよね。重ね重ね、考えろ私!

 

「えっ、あっ、あのね、相談したい道具があってね。でも、忙しいかなぁ、なんて」


 どこが、今までどおり、気軽に普通に、だ!

 明らかに挙動不審な私を見て、リシア君が一瞬不思議そうな顔をする。でも。

 

「いや、全然大丈夫っすよ。今日はどんな道具っすか? マダムから王都に行ってきたって聞いたっすけど、何か面白い道具とかありましたか?」


 普通。びっくりするくらいにいつも通り。 

 しどろもどろな私とは真逆に、リシア君は何も構える様子もなく、私を店の中に招き入れる。

 その姿にホッとした反面、ちょっとがっかりした自分もいて。って、いやいや、私、何考えているのよ。

 軽く頭を振って気持ちを切り替える。

 

「あのね、タガネって言うんだけれど」

「釘っすか?」

 

 定番となりつつある私の拙いメモ書きを見て、リシア君が首を捻る。


「釘ならいくつかあるっすよ。このメモどおりだと結構太い奴っすよね」

 

 そう言って立ち上がるリシア君を慌てて止める。

 ごめんよ。リシア君、私の絵が下手で。確かにこれじゃ、大きな釘だよね。


「待って。釘じゃないの」

 

 そう言って私はマダムの創ったプレナイトのバングルを取り出す。


「あれ? マダムのアクセサリーっすか? へ~、こんなシンプルなのもあるんすね」

 

 バングルを見て、リシア君が物珍しそうな顔をする。やっぱりマダムのアクセサリーにしては珍しいデザインみたい。


「いや、これね、レナにってマダムが創ってくれたんだけれど」

「えっ? それって、領主様のところのレナ様っすか? マダム、それはちょっと」

 

 私の言葉にリシア君が思わず言葉に詰まる。


「シンプル過ぎるよね? だから、ここに模様を彫りたいの」

「えっ? これに?」

 

 セレスタたちと同じようにリシア君も私の言葉に目を丸くする。


「あぁ、なるほど。だから、これなんすね。いや、う~ん、でも、難しくないっすか?」

 

 メモとバングルを交互に見ながらリシア君が難しい顔をする。その微妙な反応に私は首を傾げた。道具さえあればそこまで難しくはないと思っていたんだけれど。


「だって、このバングル、金っすよ。これ全体に模様を彫るんすよね? ワンポイントとかじゃなくて」

「うん。難しいかな? 金なら比較的柔らかいからいけるかと思ったんだけれど」

「いや、確かに柔らかいっすけど、これをこの釘みたいな道具でカツカツ凹ませて、全部に模様をつけるんすよね? まあまあ途方もない作業っすよ」

 

 リシア君の言葉に私は、あぁ、と声を上げる。


「違うの。タガネって釘というよりは刃物で、これを金槌で叩いて金を彫るの」

 

 私の言葉にリシア君は考え込むような顔をした後で、あぁそういうことか、と声をあげる。

 

「釘じゃなくて、のみの小さいバージョンってことっすね!」

「そうそう! そんな感じ」

  

 伝わったのが嬉しくて、私も思わず声を上げると、リシア君が少し嬉しそうに笑う。


「なるほどね。それならいけそうっすね。じゃあ、先はどんな感じっすか? 平たい刃みたいになればいい感じっすか?」

「う~ん、できればいくつか種類が欲しいんだよね。何種類くらいなら大丈夫そう?」


 タガネの種類によって彫ることのできる模様が変わってくる。まだデザインが決まってないし、これからも使うだろうから、この機会に基本的な物は揃えられると助かる。とはいえ、リシア君も普段の仕事はあるわけだし、迷惑になるのは嫌なのでまずはリシア君の都合をたずねる。


「何種類でも。って、そうじゃないっすね」

 

 そう言うとリシア君は少し考え込む。

 

「いくら柔らかいっていっても金属っすからね。結構硬度が必要っす。細工に手間はかかりそうだし。とりあえず1か月もらえるなら、5種類ってところっすかね」


 その言葉に少し驚く。てっきり、最初に言いかけたとおり、何種類でも、って言われてしまうだろうと思っていたから。

 もちろん、そう言われたら、普段の仕事の邪魔にならないようにきちんと言って欲しいとお願いするつもりだったけれど。


「相棒っすからね。俺もホタルさんにはちゃんと言うっすよ」

 

 その言葉に黒歴史が蘇って一気に顔が赤くなる。やっぱり覚えていたか~。


「うわ~、本当にごめん。急にあんなこと言われて、嫌だったよね? 本当に忘れてくれて構わないから。っていうか、むしろ忘れてください」

 

 あぁ、30歳にもなって、穴があったら入りたい、を実感することになるとは。私はリシア君の顔を見ることができず、慌てて頭を下げる。


「……っすよ」

 

 そんな私にリシア君が何か呟く。


「へっ?」

 

 上手く聞き取れなくて、私は思わず顔を上げてリシア君を見る。


「そんなこと言わないでくださいっすよ。俺、嬉しかったんす」

「えっ?」

 

 予想外に真剣なリシア君の目とかち合って、私は言葉に詰まる。


「俺、ホタルさんの相棒でいたいっす」

「えっ? いいの? 変な道具ばっかりお願いするよ。メモ書き下手だから苦労かけるよ。なのに、きっと私しか買わないよ」

 

 恐る恐る聞く私にリシア君が大きな笑顔で答える。

 

「全然構わないっす。ホタルさんのメモ書きを読み解けるのは俺だけっす。ど~んと頼ってくださいっす」


 あぁ、なんていい子なんだろう。私のお願いする道具は、この世界では完全に私専用だ。儲けより手間の方が多いだろうに嫌な顔もせずにこうして引き受けてくれる。

 マダムもそうだし、セレスタもジェードも、他にも出会った人たちみんな、この世界の人たちは本当に優しい。なんだかジンときてしまったけれど、ここで泣いたら黒歴史パート2が確実だ。

 私は1つ深呼吸をするとメモ書きの脇にタガネの先の絵を描き足す。


「ありがとう。じゃあ、この4種類をお願いできるかな?」

「はい! よろしくお願いされるっす」

 

 リシア君の答えに、何その言い方、と少し笑いながら私は頭を下げた。


「そう言えば、デザインは決まってるんすか」


 リシア君の言葉に私は首を振る。


「領主様のお庭のマスカットから創られたアクセサリーだから、とりあえず今度のお休みにもう一度行って蔓と葉を見せてもらうかな、とは思っているんだけどね」

「なるほど、しっくりはきそうっすね」

「でも、ベタ過ぎる気がするんだよね。だから、いくつか植物を見てくるつもり」

「あの!」

「へっ?」

 

 急に大きな声を上げるリシア君にびっくりして、顔を見ると。


「あ、いや、いいのが見つかるといいっすね」

 

 明らかに違う話をされました。

 なんだ? どうしたんだろう。


「あっ、もしかして4種類は多すぎたりする? だったら減らすよ。えっと」

 

 まだデザインは決まっていないから、できるタガネの種類にあわせて考えても構わない。どれを減らそうかメモ書きに目を落とすと、リシア君が慌ててメモ書きを取り上げる。

 

「大丈夫っす! 4種類でいけます」

「えっ? 本当? 駄目そうなら言ってね」

「大丈夫っす! 了解っす! できたら持っていくんで、任せてくださいっす!」


 そう言うリシア君に、私は強引に店を追い出された。いや、なんだ? どうしたの?

 さっさと店のドアを閉められてしまったし、わざわざ戻ってたずねるのも変だし。

 まぁ、いいか。と心の中で呟いて、私はリシア君の道具屋を後にした。


 これで道具は大丈夫だし、あとはデザインだ。さて、どんなのがいいかなぁ。

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