第42話 お庭でスケッチ
店の休日を使って、早速、領主様のお庭に来ていた私は、いつもどおり声をかけて芝生に腰を下ろす。
「こんにちは。今日は植物の絵を描かせて欲しくてきました」
今日もいい天気だ。キラキラとした日差しは強いものの風はまだ涼しくて、絶好のデッサン日和。もうすぐ夏だなぁ、なんて、のんびり考えながら、あたりを見回す。
「いらっしゃい。絵を描きたいなど珍しい。どうしたんじゃ?」
声のする方へ目を向けると、そこにはいつもどおり深緑色の優しい目をしたノームさんが立っていた。
「この前わけて頂いたマスカットでマダムがバングルを創ったんですけれど、それに模様を彫りたいんです。だから模様のアイディアが欲しくて」
そう言ってバングルを見せるとノームさんが、綺麗な石じゃな、と目を細める。
「はい、マダムがレナにって」
「なるほど、お嬢様の目にそっくりじゃ。さすがオパール殿。じゃが、確かにお嬢様がするにはちとシンプルじゃな」
ノームさんの言葉に私はうなずく。
「はい、なので、金の部分に模様を彫るといいかな、って」
「で、植物の絵を描きたいと」
「はい。いいですか?」
私の言葉にノームさんが腕を組み考え込む様子を見せる。
「あっ、もちろん、植物を傷つけるようなことはしません!」
その様子を見て慌てて付け加える。露草の前科があるからね。私一人では心配だと言われても仕方ない。でもそんな私に、ノームさんが笑って答える。
「大丈夫。そこは心配しておらんよ。ただ、今日はちょっと忙しくてな。ホタルを案内してやることができないんじゃ」
なんだそんなことか。私は心の中で胸を撫で下ろした。領主様のお庭には何度か来ているし、今日はいろいろ見て周りたいと思っていたから、一人で回る方がむしろ気楽でいいかも。
「ノームさんさえよければ、私、一人で勝手にデッサンして帰ります。入っちゃいけない場所とかあれば教えてくれれば入りませんし」
私の言葉にノームさんがすまなそうな顔をする。
「せっかく来てくれたのに申し訳ない。そうしてもらえると助かる。入ってはいけない場所はないから大丈夫じゃよ」
その言葉に私は慌てて首を横に振る。
「そんな、私の方こそ、忙しい時に来てしまってすみません。助かります」
「構わんよ。それじゃ、我は行くが道に迷ったり、何か困ったことがあったら呼ぶんじゃぞ」
どうやら本当に忙しかったみたいで、ノームさんはそう言うとすぐにどこかへと姿を消してしまった。
「よし! まずはマスカットから」
私も早速、この前連れて行ってもらった果樹園を目指して歩き出す。
「おぉ~」
芝生の綺麗なお庭を抜けて、森に入り、歩くこと10分ちょっと。果樹園に辿り着いた私はその光景に歓声を上げる。一度来てはいるものの、様々な木々が立ち並ぶ光景は圧巻だ。どの木もおいしそうな果実がたわわに実っていて、丁寧に世話されていることがうかがえる。
ここだけではない。草原にもたくさんの花が咲き乱れているし、森の木もみんな元気だ。これをノームさん一人きりで管理しているというのだから、森の精霊というのは本当にすごい。
感心しつつも葡萄棚を見つけた私は、早速デッサンに取り掛かる。時々バングルを取り出しては、葡萄棚と見比べてデザインも考えてみる。蔓も葉も緑が綺麗でデザインを思い浮かべてもしっくりくる。
「でも、違うんだよなぁ」
確かにしっくりくるのだけれど、無難、という言葉しか思い浮かばない。折角、手彫りでデザインを入れるのなら、少し捻りが欲しい所だ。
「よし! 次行ってみよう!」
私はマスカットのデッサンもそこそこに他の木々も描き始める。これだけたくさんの植物があるんだ。これだ、っていうモチーフがきっとあるはず。私は時間の許す限り、次から次へとスケッチブックに絵を描いていった。
「ホタル、お迎えじゃぞ」
急に響いた声にびっくりして顔を上げると、そこにはノームさんに連れられたジェードが憮然とした顔で立っていた。
「えっ? ジェード、どうしたの?」
キョトンとする私にジェードの眉間の皺が深くなる。
「えっ? じゃないだろう。何時だと思っているんだ。マダムからホタルが帰ってこないと連絡があって、迎えにきてやったんだぞ」
「噓!」
その言葉に周りを見渡すと、遠くに夕日が見える。本当に丸一日、デッサンしていたらしい。
「どこかで声を掛けようと思ってはいたんじゃが、ホタルがあまりに集中しておるから、つい掛けそびれてしまった。すまないな」
そう言うノームさんに私は慌てて首を振る。
「とんでもない。私の方こそ、こんなに遅くまでお邪魔しちゃってすみません」
「良い物は見つかったかな?」
「はい。どの植物も元気で綺麗で、時間を忘れて描いちゃいました。どれにするか選ぶのが大変そうです」
スケッチブックを見せるとノームさんが嬉しそうに笑う。
「本当にたくさん描いたな。どれも良く描けておる。植物たちも喜ぶじゃろう」
ノームさんの言葉に、えへへ、と照れ笑いをしていたら、ジェードの厳しい声が飛んできた。
「時間を忘れ過ぎだ。急がないと最終の乗合馬車が行ってしまうぞ」
はい、そうですよね。すみません。
呆れたように言うジェードの言葉に私は慌てて帰り支度を始める。って、今、乗合馬車って言った? なんでジェードが?
「おや、ジェード殿。今日はご自身の馬ではないのかい?」
私の疑問を先取りするかのようにノームさんがジェードにたずねる。
そうなのだ。ジェードは領主様の警備隊。各自、自分の馬を持っているから、移動もそれが基本だ。そんなジェードが乗合馬車なんて珍しい。というか、ジェードが乗合馬車を使っているところなんて一度も見たことがないんだけれど。
「あっ、はい。たまには乗合馬車もいいかと」
なんだ。単なる思いつきだったのね。まぁ、いつも同じ移動手段じゃ飽きることもあるかもね。
「ほら、早くしろ。置いていくぞ」
帰り支度をする手が止まっている私を見て、ジェードが急かしてくる。
わかってますって。急ぎますよ。
「今日はありがとうございました」
ノームさんにお礼を言ってお庭を後にする。乗合馬車の停留所に着くと、ちょうど最終の馬車がでるところで、二人で慌てて馬車に乗り込んだ。
「間に合ってよかった~」
「全くだ。俺が迎えにきていなければどうなっていたか。領主様のお庭で野宿なんて前代未聞だぞ」
「はい。気を付けます」
乗合馬車に揺られながらジェードのお小言にうなだれる。
「ところで、どんな植物を描いてきたんだ?」
「えっ? あぁ、うん。色々描かせてもらったんだけれど」
ジェードに言われてスケッチブックを取り出し、2人で並んで見る。
「へぇ、上手いもんだな」
「でしょ。あのね」
私はスケッチブックのページをめくりながら1つずつ説明していく。
果樹園のマスカットや、桃、さくらんぼはもちろん、草原や森にあったアカツメクサやカタバミ、リコリス、マツヨイグサや、カンパニュラ、ハンカチノキなどなど。スケッチブックはお庭の植物に溢れていた。
「随分描いたんだな。そりゃ、日も暮れるはずだ」
「うん。自分でもちょっとびっくり」
呆れとも、驚きともとれるような声を上げるジェードに私もうなずく。
この中からプレナイトのバングルにあうデザインを探したいけれど、素敵な植物ばかりでどれにするか悩みそう。
「ん? こんな木、お庭にあったか?」
パラパラとスケッチブックをめくっていたジェードの手が、ふいに1つのページで止まる。どうしたのかと手元をのぞきこんでみると。
「あぁ、ヤマボウシね。森の中に一本だけあったの。結構奥の方だったから気が付かないかもね」
「ふ~ん、これ、なんかいいな」
「そう?」
そう言われて、私もスケッチブックを改めてのぞき込む。
バングルを取り出し、スケッチブックのヤマボウシと並べてみる。プレナイトを中心に、ヤマボウシの花と葉を上手く組み合わせて、と、デザインを思い浮かべながら、ふとあることに気が付く。
「うん、いいかもしれない」
「だろ?」
私の言葉にジェードが得意そうな顔をする。
「それに」
「それに?」
聞き返すジェードに私はさっき気が付いたことを口にする。
「ヤマボウシの花言葉は、友情、なんだ」
「それは、もう決まりじゃないか」
「うん、だよね」
2人でスケッチブックとバングルを覗き込みながら、顔を見合わせて思わずにっこりとしてしまった。
うん、デザインはヤマボウシで決まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます