第40話 物足りないバングル
気が付かなかったけれど、領主様のお庭でずいぶんと悩んでいたらしい。マダムの宝飾店に帰る頃には、街がすっかり夕日に染まる時間になっていた。
「ただいま戻りました!」
「おや、おかえり。どうだった?」
「はい。マスカットにしました」
ノームさんからわけてもらったマスカットをマダムに見せる。
「マスカットか。いいかもしれないね。お客さんもきれたし、そろそろ店は閉めてやってみるかね」
そう言うと手早く店仕舞をしたマダムが、私にマスカットを持って作業場にくるように言う。
やっぱり宝飾合成に使うつもりだったのか。
「さて、何ができるかね」
いつものように緑の石板にマスカットを一粒置くとマダムが両手をかざす。瞬く間にマスカットが白い光に覆われて、やがてその光が収まる。
石板の上に現れたのは瑞々しい翠色のプレナイトのバングルだった。
「おや」
「これは」
でも出来上がったバングルを見て、マダムも私も思わず変な声を上げてしまった。
瑞々しいマスカットをそのまま写し取ったような大粒のプレナイト。それは確かに綺麗だったんだけれど。
「で? 出来上がったのがこれだったと?」
いつものように見回りのついでに寄ったというセレスタとジェードと一緒に残ったマスカットをいただきながら、さっき宝飾合成されたバングルを囲む。
「随分シンプルなバングルだな」
「マダムのアクセサリーにしてはごついよね。男物?」
そうなのだ。
植物を素材にするマダムのアクセサリーは華奢で女性向きなものが多い。なのに今回できたバングルは、シンブルで幅の広いの金のベースに大きくて艶やかな丸いプレナイトが1つだけ。
「いや、この大きさは女性用だね。男じゃ無理だ」
自分の腕にはめようとしてセレスタが断念する。
「我儘娘にやろうかと思ったんだがねぇ」
マダムも首を傾げながらバングルを見つめる。
「レナにですか?」
私の言葉にうなずくマダムを見てセレスタが難しい顔をする。
「レナ様にかぁ。サイズはいいかもだけど。ちょっとシンプル過ぎて物足りないかなぁ」
「まぁ、一応、マスカットは残しておいたから、明日にでももう一度創ってみるかね」
「マダムもそろそろ歳……フゴッ!」
だから学びなよ。
この光景にもすっかり慣れたわ。もちろん、私以外はとっくに慣れっこで、吹っ飛んでいったセレスタをマダムはもちろん、ジェードもスルーだ。
セレスタの手から飛んだバングルを危なげなく受け取ったジェードが、それをまじまじと見る。
「まぁ、石自体は綺麗じゃないか。俺はこういった物はよくわからんが、普段使いにするとかでは駄目なのか?」
「いやぁ、曲がりなりにも領主様の娘だよ。さすがに無理があるでしょ」
シレッと戻ってきたセレスタがジェードの言葉を否定する。
おいおい、曲がりなりにも、って、上司の娘に対してなんてこと言うんだか。
でも確かにセレスタの言うとおりだ。さすがに貴族様がするにはシンプル過ぎる。
ただジェードも言ったとおり、プレナイト自体はすごく綺麗なのだ。瑞々しい翠色はレナの目にそっくりで、まるで彼女のために誂えたかのよう。だからこそ勿体ない。
う〜ん、なんとかならないものかしら。ベースの部分がもう少し違えばなぁ。
「あっ、そうか!」
ふと思いついた私は思わずジェードの手からバングルをとる。シンプル過ぎるなら、模様をつければいいんだ。バングルのベースは金。だったら、道具さえあれば削れるはず。
手作業だからアンダの創ったバングルとまではいかないけれど、それでもベースに模様をつければ雰囲気も変わるはず。
そうとなればどんなデザインが似合うだろう? メインのプレナイトが映えるような。
「ホタル、どうしたんだ?」
ジェードに声を掛けられてハッとする。
いけない。バングルを持ったまま固まってしまっていた。
「ホタルさん、何か思いついたの?」
セレスタの言葉にバングルのベースの部分を示しながらうなずく。
「うん。ここに模様を彫ったらどうかと思ってさ」
どうかな? とたずねた私にセレスタが目を丸くする。
「えっ? これを彫るの? ホタルさんが? これって金だよ。この厚さだよ」
「いくらなんでもそれは無理だろ。こんな固いものどうやって彫るつもりだ」
ジェードも、それは無理だろう、と眉間に皺を寄せる。
「どうやら、次のアクセサリーを創るのは少し待った方がよさそうだね」
そんなセレスタとジェードの言葉を他所にマダムが私を見て、いつものようににやりと笑う。
「ありがとうございます! あの、それで」
「あぁ、わかったよ。明日の店番だろ? しょうがないから私がやっておくよ。その代わり、うちのアクセサリーとしてだすんだ。わかっているだろうね?」
「はい、もちろん! ありがとうございます!」
私の言葉を最後まで待たずにそう言ってくれるマダムに返事をして頭を下げる。
「んっ? どういう事だ?」
そのやりとりに不思議そうな声を上げるジェードを見て、私が説明する。
「ジェードたちの言うとおり、このバングルのベースに模様を彫るとなると専用の道具が必要なんだ」
「あぁ、リシア君に頼むのか。だから、明日の店番をマダムにお願いしたい、と」
先に察したセレスタがそう言うと、なぜかジェードの眉間の皺がますます深くなる。
「ホタル、一緒に行ってやろうか」
いつもよりワントーン低い声に首を傾げる。なんか不機嫌になってる? それに。
「なんで? リシア君のところだよ」
リシア君の道具屋はご近所だし、何度も行ったことがある。それはジェードも知っているはずだよね?
「いや」
キョトンとしてしまった私を見て、なぜか苦虫を嚙み潰したような顔をジェードがする。
最近、ジェード、なんか変じゃない?
「ねぇ、ジェード」
どうしたの? と聞こうとした私の言葉に被せるようにセレスタが口を挟む。
「ジェード、明日は領主様の警護で隣町でしょ。ホタルさんも子どもじゃないんだから大丈夫だよ」
そんなセレスタの言葉にハッとした顔をして、ジェードが、そうだな、と呟く。
2人ともなんか変だ。
「あのさ」
「あっ、ホタルさん、俺たちそろそろ仕事に戻らないと! ほら、ジェード!」
「あっ、あぁ、そうだな。そろそろ失礼するよ」
「バングル、レナ様には内緒にしておくから頑張ってね! 出来たら見せてね~」
そう言うとセレスタとジェードはそそくさと逃げるように店を後にしてしまった。
一体、なんだったんだろう?
「ホタル、そう言えば答えは見つかったのかい?」
慌ただしく帰って行った2人に首を捻っていたら、マダムがなんでもないことのように私にたずねた。まるで、おつかいはどうだった? くらいの軽さで。
「いいえ。まだ」
マダムに嘘をついても仕方ない。私は正直に首を横にふる。
「正直、アンダさんのアクセサリーの良さも、ウレキさんの言う彼のポリシーも、よくわかりません。でも、いろいろあっていいのかな、とは思えました。大切なのは比べたり否定することじゃなくて、自分がどうなりたいか、なのかなって」
私はマダムに向かって、姿勢を正して、まっすぐ見つめて言葉を続ける。
「私は思いの籠ったアクセサリーが好きだし、それが少しでも長く使ってもらえるように今は修理屋を頑張りたいです。そして、いつか、私もそういうアクセサリーを創れるようになりたいって思ってます」
なんて言われるだろう、と構えたのだけれど、私の言葉にマダムはただ一言、そうかい、と言っただけだった。
それでこの話はおしまい。結局マダムからは良いとも悪いとも言われなかった。
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