第39話 マダムのおつかい【後編】

「こんにちは。マダムのおつかいできました」

 

 領主様のお庭についた私は、誰もいない空間に声をかけると芝生に腰をおろした。

 ぽかぽかと降り注ぐ日差しと、吹く風が心地良い。ぼんやりと空を眺めながら、こんなにのんびりした気持ちになるのは久しぶりかもと、ふと思う。

 レナに会って、王都に行って、アンダさんに会って、帰ってきてからはずっと悩んで。

 よく考えたら、最近なんだか慌ただしかったなぁ、と溜め息をつく。


「おや、ホタル。おつかいとはご苦労なことで」

 

 草むらから聞こえてきた声に目を凝らす。


「今日はゴシェさんの新作をおまけしてもらいました」

 

 そういってお菓子の入った箱を持ち上げると、それはそれは、と嬉しそうな声が返ってくる。ノームさんを見つけた私はいつものようにその後について切り株の並ぶ木陰へ向かう。


「ふむふむ」

 

 マダムから預かった手紙を読むノームさんを、ノームさんの淹れてくれたお茶とゴシェさんのドライフルールのケーキ、マドレーヌを楽しみながら待つ。


「なるほど」

 

 手紙を読み終わったノームさんもマドレーヌを一口齧り、満足そうに目を細めてお茶を飲む。どうやら今回の新作も合格点のようだ。あとでゴシェさんに教えてあげよう。


「では、いくとするかな」

 

 お茶を終えたノームさんが立ち上がるので、私もその後に続く。向かう先はさっきまでいた草原とは逆方向、森の奥をさらに進んでいく。


「すごい!」

 

 歩くこと10分程度、森をぬければ、そこには様々な果物の実る果樹園が広がっていた。桃に葡萄にさくらんぼ、遠くにはイチジクや杏も見える。領主様のお庭にこんなところがあるなんて初めて知った。


「さて、ホタル。オパール殿の手紙によると、お主に好きな果物を選ばせるようにとのことじゃ。好きなものを好きなだけ持っていくといい」

「えっ? 私がですか?」

 

 驚く私にノームさんがうなずく。


「でも、何に使うのかも、どのくらい必要なのかも聞いていないのですが」

「手紙にも書かれておらんな」

「そんなぁ」


 なんだその無茶ぶり。

 思わず抗議の声を上げた私にノームさんが笑って答える。


「書いてないということはホタルの好きにしていいということじゃろ。さぁ、たんと持っていくがよい」

 

 そうは言っても、マダムの好きな果物なんて知らないし、そもそも、マダムが食べるのかすらわからない。宝飾合成の素材にするなら、少しずつたくさん持って帰った方がいいかもしれないし。

 うんうん、唸り続ける私をノームさんは何も言わずニコニコと見つめるばかり。


「う~ん、よし! これを2房お願いします」

 

 私はノームさんに瑞々しいマスカットを指さして、そう告げる。露草の一件で学んでいるので、もちろん、自分でもぐことはしない。すると、いつものようにノームさんが祈りの言葉を呟くので、私も目を閉じ、頭を下げる。


「よし、もう良いよ。これだけでよかったのか? しかも2房だけとは。もっと持って行っても良いのに」

「はい。十分です。ありがとうございます」

 

 宝飾合成に使うなら一粒あれば十分だし、食べるとしたら、多くてもセレスタとジェードを含めた4人。だったら、2房あれば十分だ。

 そう言う私にノームさんは満足そうにうなずく。

 さすがに保存瓶には入りきらないので、バスケットに入れて、ノームさんに別れを告げる。

 

「ホタル、悩んでいる時はシンプルに考えるのじゃ。我はお主の素直さが好きじゃよ」

「えっ? はい、ありがとうございます」


 何も言っていなかったのに、どうやらノームさんにはバレバレだったようだ。

 もしかしたら、マダムの手紙に何か書いてあったのかも。いや、それはないか。マダムは他人のプライベートを勝手に話すような人じゃないし。

 

 私は、ノームさんにもう一度頭を下げて、領主様のお庭を後にしたのだった。

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