第38話 マダムのおつかい【前編】

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。あら、ホタルさん、今日はマダムの宝飾店はお休み?」

 

 翌日、モルガさんとゴシェさんの店をたずねると、モルガさんが笑顔で出迎えてくれた。


「いえ、ノームさんのところにおつかいなんです」

「なるほど。ごめんね。ゴシェ君、今日は王都までお届けに行っちゃってるのよ」

 

 そう言うモルガさんの胸元にはモルガナイトのネックレスが揺れている。旦那様のゴシェさんからのプレゼントで、私が初めて修理したものだ。


「ん? どうしたの?」

 

 どうやら、ネックレスをじっと見てしまっていたらしい。モルガさんが不思議そうな顔で私を見つめる。


「あっ、なんでもないです。このドライフルーツのケーキ、もらえますか?」

 

 慌てて胸元から目を逸らした私を見て、モルガさんが口もとに人差し指をあてて首を傾げる。

 淡いピンク色の毛先がその動きにあわせて、ふんわりと揺れた。

 相変わらず可愛い。


「ん~。ホタルさん、お茶でもしよっか」

「えっ、でも」

「朝のお客さんも途切れたし、いいから、いいから」

 

 そう言うとモルガさんは、私を店のイートインスペースまで引きずって行く。


「ここなら、お客さんが来たらすぐにわかるし、いいでしょ?」

 

 いやいや、店員がお店で堂々と飲食しているのはどうなんだ?


「で、どうしたの? そんな暗い顔して? あっ、これ、ゴシェ君の新作。感想きかせてね」

 

 お茶と一緒に貝殻の形の焼き菓子が差し出される。

 あっ、マドレーヌだ。新作ってことは、この世界にはないのね。一口齧ると予想したとおり、優しいバターの香りが口一杯に広がる。


「おいしいです。モルガさんは、そのネックレス大切にしてますよね」

「堅苦しいなぁ。モルガでいいよ。どうせ同い年くらいでしょ? 私もホタルって呼んでいい?」


 どうやらモルガさん、じゃなかったモルガは正しく私の年齢がわかっているみたい。まぁ、同性だし、同世代だし、そりゃわかるよね。

 もちろん、とうなずく私にモルガがにっこりと笑う。


「で、このネックレスよね? うん、もちろん。だって、ゴシェ君の代わりだもん。あの時は直してくれて本当にありがとうね」

 

 そう言って、モルガさんが胸元のネックレスを大切そうに見つめる。 

 いや、だから言い方が紛らわしいのよ。生きとるがな。あんたの旦那。ただの留守番でしょうが。って、まぁ、その辺はさておくとして。


「やっぱり、アクセサリーってそういうものだと思うんだよねぇ。なんで、あんな奴のが人気あるかなぁ」

「ん? なんの話?」

 

 不思議そうな顔をして、こてん、と首を傾げるモルガ。

 うん、可愛い。とても同い年とは思えない。年齢不詳ってことなら、モルガも十分不詳だよね。


「例えばよ。世にもびっくりなイケメンが、君のために、ってアクセサリーを創ってくれたとします」

「えっ? 駄目よ。私にはゴシェ君がいるもん」

「だから、例えばだってば」

 

 即答するモルガに思わずツッコミをいれる。

 いや、あんた。どこでものろけるのね。


「なるほど、例えばってことね。それで?」

「次会ったときには、その男はすっかりそのことを忘れていたとする」

「あぁ、宝飾師アンダのこと?」

 

 しまった。あっさりバレてしまった。


「アンダのアクセサリー、いいわよね。庶民には高くて手がでないけど」

「いいの? どこが?」

 

 意外な言葉に前のめりになった私に、モルガがちょっと仰け反りながら続ける。


「えっ、どこって。キラキラで豪華だし。いいじゃない」

「いや、でも、アクセサリーって、もっと想いのこもった大切なものじゃないの? ほら、そのネックレスみたいな」


 あっさりと告げられた答えが予想外過ぎて、私は更にモルガに詰め寄った。その姿にモルガは、う〜ん、と人差し指を口元にあてて、首をこてん、と傾げる。

 

 いや、重ね重ねになるけれど、可愛いな、おい。綺麗な細い指してるし。パン屋の手がそんなに綺麗なんてズルくない? こちとら、擦り傷、切り傷、手荒れのオンパレードだっつうのに。


 なんて、余計なことを考えていたら、モルガが口を開いた。


「確かに想いの籠もったアクセサリーは嬉しいよ。でも、全部がそれじゃ重くない?」

「重い?」


 これまた予想外の言葉に、思わずオウム返しになってしまう。 


「ねぇ、ホタルはゴシェ君のお菓子、嫌い?」

「へっ?」

 

 急に話が変わって思わず言葉に詰まる。けれど、嫌い? 、と再度聞かれて、慌てて首を横に振る。


「そんなわけないじゃん。もちろん、好きだよ。おいしいし」

「ありがとう。でも、お菓子ってごはんにはならないから、極論、別になくてもいいものなのよ」

 

 私の言葉ににっこり笑ってお礼を言いながらも、モルガはとんでもないことを言ってのける。


「あっ、勘違いしないでね。私もゴシェ君のお菓子好きよ。甘くて、綺麗で、可愛くて、ちょっとご褒美って感じするでしょ」

 

 モルガの言葉に私は思いっきりうなずく。元の世界でも仕事に疲れた時とか、ご褒美と称して、少し高めのチョコレートとかを良く買ったものだ。


「同じなんじゃないかな。アンダのアクセサリーも。まぁ、ゴシェ君のお菓子より、百倍豪華だけどさ」

「想いの籠もったアクセサリーはご褒美にはならないってこと?」

 

 納得がいかないって顔をしていたんだろう。モルガが少し悩んだ顔をして答える。


「う~ん。上手く言えないけど、マダムのアクセサリーは日常で、アンダのアクセサリーは非日常って感じ」


 モルガの言いたいことはわかるけれど、なんだか釈然としない。顔にもでていたのだろう。

 

「ずっとパンでも生きていけるけど、お菓子があると嬉しいじゃん。どっちもあっていいんじゃない? って話よ」

 

 そう言って、モルガはマドレーヌを齧ると、おいしい、と笑った。


「で、ホタルはどうなりたいの?」


 ピンクがかった薄茶色の目が私をじっと見つめる。


「えっと、私は」


 その後に続く言葉がすぐにはでてこない。

 私はどうなりたいんだろう。というか、そもそも宝飾師になれるのだろうか? それともずっと修理屋だけでやっていくのか?


「大事なのはそこじゃないかな」


 言葉に詰まる私にモルガがそう言ったところでお客さんがきてしまい、お茶はおしまい。

 

 私はドライフルーツのケーキに、ゴシェさんの新作のマドレーヌをおまけしてもらって店を後にしたのだった。


 私はどうなりたいのか。新しい悩みも受け取って。

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