第5章 新たなバングル
第37話 悩めるホタル
ガチャンッ!
マダムの宝飾店の作業場に大きな音が響き渡る。
しまった!
慌てて拾おうと手を伸ばした私より先に、マダムの手がそれを掴む。
「全くどうしちまったんだい? 王都から帰ってきてから、ずっと、ぼーっとしているじゃないか」
拾った保存瓶とその中身に傷がないことを確認して、マダムは保存瓶を棚に戻す。
「すみません」
ここ最近、口癖のようになりつつある謝罪の言葉を私は口にする。今日は店の休みを使って作業場の保存瓶の整理をしていたのだけれど、さっきから保存瓶は落とすわ、同じ棚を何度も拭いていて注意されるわで、ほとんど役に立てていない。
今日だけではない。マダムの言うとおりだ。王都から帰ってきてから、店番をしていてもお客さんに気が付かなかったり、おつりを間違えたりと、失敗続きだった。
「ちょっと早いけど、今日はこのくらいにしておくかね」
そんな私を見てマダムが溜め息をつく。
「すみません」
「あぁ、もういいよ。そう何度も、すみません、を連発するんじゃないよ。ほら、お茶にするよ」
また謝る私にマダムが眉間に皺を寄せる。
「す……あっ、ありがとうございます」
思わず謝ってしまいそうになるけれど、灰色の目にジロリと睨まれて慌てて言葉を変える。
「ホタル、すみませんって言うのは便利な言葉だからね。気を付けないと全部、すみません、になっちまうよ」
言葉を変えた私に満足そうにうなずくと、お茶にするよ、と、マダムは作業場を後にする。確かにそのとおりかも、と、思いつつ私も慌ててマダムを追いかけた。
「で、一体どうしたんだい?」
お茶と一緒にゴシェさんの木の実クッキーをだしてくれたマダムが私にたずねてくる。
いつもならお茶の準備は私の役割なんだけれど、今日は、火傷でもされたら困る、と薬缶を取り上げられてしまった。
私はティーカップを受け取りながら、あの日から誰にも話せずにいたウレキさんとのことを話し出した。
「という訳で。その時はなんとなくウレキさんの静かな勢いみたいなものに気圧されちゃって、何も言えずに帰ってきたんですが」
「ですが?」
「帰ってきてから、ずっと考えていたんです」
「ふ~ん。それで?」
自分からたずねてきたくせに興味なさそうなマダムに私は前のめりで答える。
「よく考えたんですが、やっぱりアンダさんって酷くないですか? ウレキさんはなんかいい話っぽく言っていたけれど、結局はその場限りで女性をその気にさせて、後は知りません、って、どんだけ軽い男なんだよって話じゃないですか!」
「はははっ! 確かにそうだ! この前も思ったけど、ホタル、あんたは面白いね」
マダムは一頻り大笑いした後で、でも、と切り返した。
「だったら、アンダは酷い奴だった、でいいじゃないか。何を悩むことがあるんだい?」
そう、そこなのだ。酷い奴だと思う。
でも、レナもレナの屋敷の人たちも、ウレキさんも、アンダさんの創るアクセサリーが好きなのだ。
王都から帰ってきてから、周りの人たちにもそれとなく聞いてみたけれど、アンダさんの創るアクセサリーの評判は驚くほどいい。
「でも、アンダさんのアクセサリーって評判悪くないんです。むしろ人気あるくらい。私はエメラルドとルビーのバングルしか知りませんが、確かに雰囲気があるというか、印象的というか。何か人を引き寄せるものがある気はするんです。あんな人が創っているのに」
どうしてなのか?
「あの魅力の原因って何なんでしょう?」
そう言った私にマダムが尋ねる。
「アンダと私の違いはなんだと思う?」
しばらく考えて、私はとりあえず一番に思い付いたことを口にする。
「宝飾合成の素材は違いますよね。マダムは植物で、アンダさんは鳥の羽根です」
でも、素材が違うだけが理由とは思えなくて、自分で答えておきながら、まだ、う~ん、と唸り声をあげる。
「他には?」
他にマダムとアンダさんで違うところと言えば。
「あっ、ねんれ……いは、関係ないですよねぇ」
マダムの灰色の目が物騒な光を放つのを見て、私は慌てて口をつぐむ。
危ない、危ない。いつものセレスタ状態になるところだった。
でも、違いって他には何があるだろう。
全然違うと思っていたけれど、いざ言葉にしようとすると上手く言えない。
「よく思い出してご覧。ホタル、あんたが言っていたことだよ」
マダムの言葉に私は更に考え込む。
私、何言ったっけ?
「ほら、エメラルドのバングルを見て何て言った?」
ええ~っと、なんだっけ? ……あっ!
「煩い!」
思わず大きな声で言ってしまった私に、マダムが大爆笑する。
「そうそう。煩い、だよ」
「えっ? どういうことですか?」
何と言ったかは思い出せたものの、それが何だというのだろう、と私は首を傾げる。
「アンダのアクセサリーは私のに比べて派手で豪華だろう?素材のせいもあるんだろうけど、宝飾師の好みもあるんだろうよ」
「なるほど。それで?」
やっぱりマダムが何を言いたいのかわからない。
「ヒントはここまで」
そんな私を意地悪く見つめながら、マダムがそう言いはなった。
「えっ、そんなぁ」
「そんなことより、明日は店にでなくていいよ」
マダムの言葉に私はサッと青ざめる。
「えっ! あの、大丈夫です! 私、しっかり店番できます!」
慌てて言う私にマダムが苦笑いする。
「別にクビにしようってわけじゃないから、安心おし。明日はおつかいを頼まれて欲しいんだよ」
「へっ?」
焦った。役立たずだから、でていけと言われるのかと思った。
相当、間抜けな顔をしていたんだろう。マダムが笑いながら続ける。
「ノームのところに素材を一つ取りに行って欲しいんだ。少しばかり面倒な素材だからね。ゴシェの所でお菓子でも買ってから行っておくれ」
マダムの言葉に私はホッとした。
なんだ、そういうことか。
「もしかしたら、ホタルのお悩みの答えも見つかるかもしれないよ」
だからしっかり頼んだよ、と言って、マダムは私にニヤリと笑いかけたのだった。
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