第35話 再び、アンダの宝飾店
翌朝、私は一人でアンダさんの店に来ていた。
私もレナも寝たのは明け方で、今もレナはまだベッドの中だ。私も相当眠かったのだけれど、どうしても、もう一度アンダさんと話がしたかった。
とはいえ、セレスタたちを起こすのは気が引けるなぁ、と思っていたら、早朝とはいえ宿屋の人はとっくに起きていてアンダさんの宝飾店の場所も丁寧に教えてくれた。
時間も早いし、まだ店はやっていないかもと思ったけれど、着いてみたら店の前には一人の女性が箒を手に掃除をしていた。どうやら運の良いことに開店準備のタイミングにあたったみたいだった。
「あの」
店の前で掃除をしている女性に思いきって声をかけてみる。
「あっ、お店はまだなんです」
そう言いながら顔をあげた女性は、私の顔を見て、ハッっとした顔をした。
「貴女は昨日の」
覚えていてくれたなら話は早い。
「昨日は名乗りもせず失礼しました。私はタキの町の宝飾師オパールの弟子のホタルと言います。早朝に申し訳ないのですが、アンダさんとお話できないでしょうか」
「あぁ、オパール様がお弟子さんをお取りになったんですね。申し訳ありませんが、店主は早朝からお客様のところに出掛けておりまして、戻りは夕方になるかと」
女性から告げられた言葉に私は肩を落とす。みんなに黙って出てきてしまったし、夕方まで待つわけにはいかない。
「そうですか。では」
残念だけれど諦めて帰ろうとすると、女性が私を呼び止めた。
「よろしければお茶でもいかがですか?」
「あっ、いえ、ご迷惑でしょうから。開店準備の最中に失礼しました」
そう言って帰ろうとすると、女性がさっと私の手を掴む。
「えっ?」
急なことに驚きの声を上げると。
「言葉を間違えました。私がホタル様とお話したいのです。お茶一杯分だけで結構です。私にお時間をいただけませんか?」
女性はそう言うと、強引に私を店の中へと引っ張っていった。
案内されたのは昨日と同じ部屋だった。
「どうぞ。強引な真似をして申し訳ありません。私はウレキと申します。この店の開店当初から事務一般を取り仕切ってきました」
ウレキさんと名乗った女性は私の前にティーカップを置くと私の正面に座り、謝罪と自己紹介をした。
どう返事をしたものかと戸惑う私に、ウレキさんは更に言葉を続けた。
「店主のこと、誤解しないでいただきたいのです」
「誤解?」
その言葉に思わず低い声がでてしまう。
「ホタル様がいらしたのは昨日の件についてですよね?」
「はい。私はタキの町でアクセサリーの修理の仕事をしています。今回もその関係でレナに同行しているんです」
「えぇ。昨日のレナ様のお話にでてきましたね。ホタル様がバングルを直されたと。アクセサリーを修理するなんて考えてもみなかったので、驚きました」
素直に驚きの言葉を言うウレキさんはとても真面目で素直な人に見えて、私は少し意外に思った。アンダさんの印象とウレキさんの印象が違い過ぎて、とても同じ店で働く人とは思えない。
「私に修理を依頼する方は皆さん、壊してしまったことを悲しんでお持ちになります。私の師匠のオパールは植物から宝飾合成しますが、命をいただいて創るのだと、いつも言っています。創るほうも、身につける方も、みんな、アクセサリーを大切にしているんです」
「店主はアクセサリーを大切にしているように見えないと?」
私の言葉を引き取って、ウレキさんがそう続ける。
「違いますか? 壊れたからと言って次のバングルを差し出し、壊れた方は処分すると言いましたよね? とてもアクセサリーを大切にしているとは思えない」
昨日のアンダさんの態度を思い出して、つい言い方がきつくなってしまう。
「ホタル様、あなたは壊れたエメラルドのバングルを粗雑に扱ったことが許せないと言っていますが、本当にそうですか?」
そんな私にウレキさんは静かにそうたずねると、透き通った灰色の目でじっと私を見つめた。
「えっ?」
思いもしなかった質問に、言葉に詰まっていると、私を見つめたままウレキさんが言葉を続けた。
「ホタル様が本当に怒っているのは、店主がレナ様の恋心を粗雑に扱ったことではないんですか? エメラルドのバングルではなくて」
その言葉に私は、ハッとした。
「店主は美しいアクセサリーで多くの方を幸せにすること、それしか考えていません。ホタル様もご覧になったとおり、店主は鳥の羽根を宝飾合成の材料にします。美しいアクセサリーの為なら、店主は自分の身の危険など顧みず、どんな場所にでも行きます。そして、店主は決してお客様の名前を呼びません」
「えっ?」
最後の言葉の意味が分からず、私は思わず声を上げる。
「店主は自らの創るアクセサリーでお客様を幸せにしたいのです。店主はお客様にアクセサリーを渡す時、その方の幸せだけを想って渡します。あの容姿です。勘違いされる方も少なくない。でも、次の瞬間、店主はまた別のお客様を想います。その瞬間、その瞬間、店主は全力をその方に傾けますが、心を残しはしません。残すのはアクセサリーだけです。酷な言い方をするようですが、恋心を無下にされたからと非難されても、店主にとってはお門違いな話に過ぎないんです」
そんなことって。予想外の事実に頭がついていかない。
「えっ、じゃあ、レナのことも? 出会いの記念って言ったのはその場限りで、全然覚えていないってことですか?」
昨日のレナの涙が頭をよぎって、つい責めるような口調になる。でも、ウレキさんは怒るでもなく、ただ目を伏せて首を横に振る。
「わかりません。覚えていないのか、覚えていないふりをするのか。店主はそういったことを多くは語りませんから」
「いや、わからないって」
あなたはずっとアンダさんの隣で仕事をしてきたのでしょう? わからない、なんて言葉でごまかさないで。そう言いたかったのに。
「でも、どちらだとしても変わりはないでしょう? 店主が誰か一人を想うことがないことに変わりはないのですから。ひどい人でしょう? でも、常に全力を傾けるから、店主も店主の創るアクセサリーもこの上なく豪華で魅力的なんですよ」
そう言って少し哀しそうに笑ったウレキさんを見て、あぁ、この人もレナと一緒なのか、と何故だかわかってしまった。
アンダさんの生き方は宝飾師として、ある意味、誠実だ。アクセサリーとそれを纏う人に全力を傾けている。でも、それは宝飾合成のその一瞬だけ。長い目でみれば不誠実極まりない。
でもその誠実さと情熱にレナは恋に落ちた。それは、今、目の前にいるウレキさんも同じなんだろう。そして、ウレキさんはアンダさんの側にいると決めたんだ。その心は決して誰か一人に向くことはないと理解した上で。
「ホタル様、理解してくれとは言いません。知っておいて欲しいのです。店主は店主のやり方でアクセサリーを愛し、宝飾師の仕事に真摯に向き合っているのです」
アンダさんのことを話すウレキさんの言葉は、その1つ1つがアンダさんへの想いに溢れていて、結局、私は何も言えずにアンダさんの宝飾店を後にした。
「ホタルさん! どこに行っていたの!」
宿屋に戻るとセレスタとジェードが慌てて私に駆け寄ってきた。
「レナ様が、起きたらホタルがいなくなっているって、俺たちの部屋に飛び込んできて大変だったんだぞ!」
言葉はきついがジェードの目には安堵の色が浮かんでいる。
「ホタル、心配したのよ!」
同じように私に駆け寄るレナ。そんなみんなの優しさになんだかすごく泣きたくなった。
「ごめんね。心配かけて」
ただみんなに頭を下げる。でも、どこに行っていたのかも、何をしていたのかも言えなかった。そんな私に、みんなは心配そうな顔をしたけれど、結局それ以上は何もきかれはしなかった。
こうして、私たちの短くも長い王都への旅が幕を下ろしたのだった。
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