第33話 宝飾師アンダ

 アンダさんの宝飾店はマダムのそれとは規模も雰囲気も違った。

 大通りに面した大きな建物。金の取っ手がついた重厚な両開きの扉の前には屈強な男性が2人立っている。アンダさんが近づくと無言で扉を開けて、頭を下げている。


「うわぁ~」


 一歩、店内に入ればそこは光の洪水。磨き上げられたガラス張りの陳列棚には、豪奢なアクセサリーが並ぶ。どれもレナの持っていたバングル同様、精緻な文様とメレのダイヤモンドが印象的だ。その中で揃いの制服を着た従業員がお客さんへ対応している。


 同じ宝飾師でもここまで雰囲気が違うものなのか、と感心する。ただ、だからと言ってアンダさんの方がマダムより上かと言ったら、そうではないと思う。単に違うだけ。どちらが好きか、どちらを目指すかは、その人次第だろう。


 店を抜けると中庭があり、いつの間に用意したのか、見事にお茶の準備がされていた。

 中庭の真ん中に置かれたテーブルには、三段重ねのティースタンドにプチケーキやスコーン、サンドイッチが並んでいる。どうやら、こちらの世界にもアフタヌーンティーのようなものが存在するらしい。

 

 勧められるままに席へ着くと、アンダさん自ら銀色のティーポットからお茶を注いでくれる。用意された紅茶は、香りから察するにおそらくアールグレイ。

 そう言えばマダムの家でも紅茶は良く飲むけれど、フレーバードの紅茶は見たことがないなぁ、なんて思いながらティーカップを持ち上げる。と。


「待て」


 囁くような小さな声で、ジェードが私を止める。えっ? と言いかけた私の言葉を遮るように。


「不思議な香りの紅茶ですね」


 セレスタがアンダさんに声をかける。よく見ればセレスタがレナからティーカップをそっと離している。

 その姿にアンダさんは気を悪くする様子もなく笑って、説明を始める。


「ご心配なく。毒ではありませんよ」


 そう言ってアンダさんは自らティーカップの紅茶を一口飲む。

 

「旅の途中で行商人にわけてもらったもので、紅茶に柑橘系の香りをつけているんです。初めて知った時には、もともと香り高い紅茶に更に香りをつけるなんて、と私も思いましたが。なかなかどうして紅茶の風味も損ねず、よい香りなんですよ」


 その言葉にセレスタとジェードが目配せする。そして、ジェードが一口。うなずくジェードを見て、セレスタがレナと私にうなずいた後で、自分もティーカップに口をつける。


「失礼。確かに不思議な香りですね」

 

 もういいだろう。ようやく私も一口飲んで内心うなずく。うん、普通にアールグレイだ。


「さぁ、お嬢様もどうぞ。っと、先にお話しをうかがいましょうか」

 

 レナにも紅茶を勧めかけたアンダさんが、その様子を見て言葉を飲み込む。

 

「お嬢様、なぜわざわざ王都までいらしたんですか?」

 

 アンダさんに促され、レナはここに来た事情をなんとか話し始めた。


「そうでしたか。それは、わざわざありがとうございます」

 

 レナの説明を聞いたアンダさんはそう言って、さりげなくレナの手をとる。そんなことをされてレナは真っ赤、まさに茹蛸状態だ。


 レナが説明をしている間だってそうだ。念願のアンダさんに会えたことで完全に舞い上がってしまって、レナの説明はそれはそれは支離滅裂だった。でもアンダさんはそんなレナの説明を遮ることもなく、ひたすら笑顔でうなずいていた。


 すごい。外見も中身もイケメンだ。

 でも、なんか引っかかるんだよなぁ。芝居がかっているっていうか。って、私、イケメン過ぎて僻んでるだけ? まさかねぇ。なんて、ぼんやり考えていたら。


「で、バングルは直せるんでしょうか?」

 

 そう言ってジェードが軽くアンダさんを睨みつける。あら、ジェードも気に食わないみたい。

 それにしても、なんか、ジェード最近機嫌悪くない? リシア君の店に行った時も愛想悪かったし、何かあったのかなぁ。


「お嬢様、バングルを拝見させていただいてもよろしいですか?」

 

 でも、さすがイケメン。そんなジェードの睨みを華麗にスルーして、微笑みを絶やすことなくレナに手を伸ばす。

 すごいな。ジェードのあの視線を無視するなんて、アンダさんって案外図太いのかも。


「これは、ケツァールの尾羽で創ったバングルですね」

「えぇ、えぇ、そうなんです。アンダ様が我が家にいらしたときに、私の目のように」

 

 食い気味に答えるレナの言葉を無視してアンダさんは言葉を続けた。


「タキの町の領主様のところにうかがった時に、一緒にいた行商人からちょうど分けてもらったものだったんです。でも残念ですが、ケツァールの尾羽のアクセサリーは人気があって、もう尾羽の在庫がないんですよ」

「えっ、他にも創ったんですか?」

 

 アンダさんの言葉に私は思わず声を上げてしまった。

 いやいや、だって、レナに出会いの記念にって言って創ったんだよね? それって一点モノじゃないの? 他にも創っていたってどうなのよ。

 そんな私の言葉をどう勘違いしたのか。

 

「えぇ。ケツァールの尾羽のアクセサリーはどれも綺麗な緑色で、創る端から売れていってしまうような状況だったんです。バングルもいくつか創ったのですが、先ほど最後の一つが売れてしまったんですよ」


 おい! バングルまで創っていたんかい!

 アンダさんは言うに事欠いて、バングルも複数あったことを暴露してくれた。隣で真っ青な顔をしているレナには気が付きもせずに。


「あぁ、お嬢様、そんな哀しい顔をなさらないでください。そうだ! まだお時間は大丈夫ですか?」

 

 違った。レナの顔色には気付いていたみたい。

 さすがイケメン。気遣いはバッチリなのね。


「えっ、えぇ、少しでしたら」

 

 バングルのショックから立ち直れないレナは青い顔のままアンダさんの言葉にうなずく。


「では、さぁ、こちらへ」

 

 そんなレナの手を取り、アンダさんは別の部屋へと連れて行く。もちろん、私たちは置いてけぼり。とはいえ、レナだけ連れて行かれたら大変なので、私たちも勝手に後に続く。


「ここは」

 

 案内されたのは作業場だった。

 マダムの宝飾店にあるそれの数倍の広さはあるけれど、内装は似たようなもの。壁一面に保存瓶に保管された素材が、そして部屋の一面には作業台が置かれている。

 違っていたのは保存瓶に保管されているのが植物ではなく、鳥の羽根なことと、石板が空色なこと。これまでの話から察するにアンダさんは鳥の羽を素材にする宝飾師のようだ。


「さぁ、お嬢様。少しお待ちください」

 

 アンダさんは壁の保存瓶の一つから紅色の羽根を取り出し、作業台に向かう。そして、羽根に両手をかざすと、羽根が真っ白な光に包まれる。光は目を伏せたアンダさんの顔も照らし、神秘的な雰囲気を醸し出す。

 

 やがて光がおさまるとそこに現れたのは真っ赤な石が輝く金のバングル。真っ赤な石はおそらくルビーだ。金の部分は精緻な透かし模様になっていて、星空のようにメレのダイヤモンドが輝いている。エメラルドのバングルに負けず劣らず豪奢な一品だ。


「これは」

 

 驚くレナの顔をどう解釈したのか、アンダさんは満足気な顔でルビーのバングルを持ってレナの前にひざまずいた。


「お嬢様、フラミンゴの羽根のバングルです。貴方のバラ色の唇そっくりのこちらをどうぞ」

 

 そう言って、レナの手にあったエメラルドのバングルをそっと取り上げると、代わりにルビーのバングルを置く。


「フラミンゴは南国に住むと言われている全身紅色の鳥なんです。残念ながらケツァールはもうありませんが、フラミンゴも同じくらい希少な鳥なのですよ。お嬢様のような高貴で愛らしい方にぴったりだ」

 

 アンダさんはレナの返事を待たずに、ルビーのバングルを再び手にとり、レナの腕にはめて見せる。


「あの、そちらのバングルは?」

 

 自分の腕にあるルビーのバングルには目もくれず、レナはアンダさんの手に残ったエメラルドのバングルを見つめて、震えた声でたずねる。


「ご心配なく。壊れたバングルはこちらで処分しておきますよ」

 

 今度こそ、そんなレナの様子に気が付くこともなく、天使のような無垢なほほ笑みでアンダさんはそう言ってのけた。

 その言葉にレナの大きな翠色の目が更に大きく見開かれる。


 おい! ちょっと待て! レナの思い出のバングルになんてことをしてんだ、コイツ!

 エメラルドのバングルが壊れたから、はい、次はルビーのバングルをどうぞって、そういう話じゃないでしょ。しかも、あっさり処分って、あり得なすぎる!

 たとえ社交辞令だったとしても、出会いの記念って言って創ったものでしょうよ!


「ちょっと、あんたねぇ」

「待て」

 

 これは一言文句を言わずにはいられない! って一歩踏み出した私をジェードが小さな声で止める。

 何で止めるのよ! と、目だけで訴えていると。


「ありがとうございます」

 

 レナの落ち着いた声が作業場に響き渡った。


「とても素敵なバングルですわ。お心遣いに感謝いたします」

 

 そう言って、レナはこの上なく優雅にお辞儀をした。その姿にアンダさんも立ち上がり、レナに負けないくらい優雅なお辞儀を返す。

 

「こちらこそ。わざわざ王都までたずねてきていただけるなぞ、一介の宝飾師には身に余る光栄です。ありがとうございます」


 えっ? 何? 何が起きているの?

 

「本日はお時間をいただきありがとうございました。是非、またタキの町にいらしてください。屋敷の者たちも貴方様のアクセサリーを気に入っておりますのよ」

 

 ちょっと、レナ、どうしちゃったの?

 まさかさっきの紅茶に変なものでも入っていたとか? いや、レナは飲んでないはず。そもそも私も飲んだけれど、おかしなことなんて起きてない。

 

 急に態度が変わったレナに全然ついていけない私は、助けを求めてセレスタとジェードを見たけれど。

 嘘でしょ! なんでセレスタとジェードもシレッとした顔してんのよ!


「ちょっと、レナ」

「ホタルさん、それでは失礼いたしましょう。セレスタ、ジェード、行きますわよ」

「「はい」」


 私の言葉を遮ったレナにセレスタとジェードがうなずく。

 そして、レナはアンダさんにふわりとお辞儀をすると、そのまま部屋を後にした。ルビーのバングルをその腕につけたまま、アンダさんの持つエメラルドのバングルには目もくれずに。


 宿屋に向かう馬車の中、レナは一言も口をきかず、ずっと窓の外を眺めていた。私もどう声を掛ければいいのかわからず、結局、宿屋に着くまで、レナを見つめていることしかできなかった。

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