第32話 いざ王都へ
ガタン、ゴトン。
私たちは今、馬車に揺られている。馬車の中にはレナ様と私。その脇を馬に乗ったセレスタとジェードが警護してくれている。
私たちの住むタキの町から王都へは馬車で半日。普通は乗合馬車を使うんだけれど、そこは領主様の娘。自前の豪華な馬車でお出かけだ。
頑張れば日帰りできる距離だけれど、すぐにアンダさんに会えるとも限らないので、とりあえずは一泊の予定。
なので、まずは私の着替えをとりにマダムの宝飾店に寄って、ついでにマダムへ経緯の説明と今回の旅の了承をもらった。マダムは眉間に皺を寄せつつも、マダム以外の宝飾師の仕事を見てくるのもいいだろうと、送り出してくれた。
「ありがとうね」
タキの町の中心街を離れ、馬車の外に長閑な田園風景が広がり始めた頃。それまで黙っていたレナ様が急に口を開いた。
「へっ? あぁ、いえ。良かったですね。レナ様」
「レナでいいわ」
「えっ?」
「私もホタルって呼ぶから」
窓の外を見たままのレナの耳が少し赤い。
「うん、わかった」
彼女なりに感謝の気持ちを表しているのだろうな、と思ったら、つい口元が緩んでしまった。
「わかっているのよ。自分でも馬鹿なことしてるって」
こちらを見ないまま、レナがぽつりと語る。
「別に会えたからって何があるわけでもないだろうし。あのバングルだって、私が領主の娘だから創ってくれただけだろうしね」
これまでの時間でよくわかった。多少世間知らずで、態度も偉そうだけれど、レナは決して頭の悪い子ではない。自分の立場もアンダさんの立場もよくわかっている。
私は黙ってレナの話の続きを待った。
「でも、すごく素敵だったの。格好のいい人は他にもたくさんいるわ。あの人より優しい人も、賢い人も、お金持も。でもあの人より素敵な人はいない」
うん、でも、そういうものだよね。それが恋ってやつだ。初恋なら尚更ね。
「あの人に会った時、あの人が私にあのバングルを創ってくれた時、あの人だけが輝いて見えたの。そんなの初めてだった。会えるだけでいいの。もう一度、会って、話がしたい。領主の娘と宝飾師、どうにもなれないことだって十分わかってるのよ」
「そっか。会えるといいね」
若いなぁ。嫌味でもなんでもなく、ただ、レナの若さが眩しくて、私は自然とそう言っていた。
「レナ様、ホタルさん、もうすぐ王都ですよ」
セレスタの声に私は窓の外に頭をだす。馬車の進む先に大きな門があって、その先に街並みが広がっている。更に先に微かにお城の尖塔らしきものが見える。タキの町も小さくはないけれど、さすが王都だ。規模が違う。
「おぉ」
驚きの声を上げる私の横で、レナも物珍しそうに王都を見つめている。
そっか、レナも初めての王都だもんね。
「ねぇ、セレスタとジェードは王都に来たことあるの?」
たずねる私にセレスタがうなずく。
「あるよ。王都では毎年、各地の警備隊が集まって大会が開かれるからね。俺は剣術、ジェードは弓術で参加しているんだ。なぁ、ジェード」
セレスタの言葉にジェードも、あぁ、とうなずく。と、その姿にレナが笑う。
「あるんだ。じゃないでしょ? ホタル、この二人が大会へ出るようになってから、剣術と弓術の優勝旗は二人の手から離れたことがないのよ」
その言葉に私は目を見開く。さっき、領主様の前で言っていた、警備隊随一の腕、は、はったりじゃなかったのね。
「すごいじゃん!」
驚く私にセレスタが、たまたまだよ、と少し照れたように笑う。
「さぁ、王都です。手続きをしてきますので、少し馬車を離れますね。ジェードがついているから安心してください」
そう言って、セレスタが先に門へと向かう。見れば門の前には何台か馬車が並んでいる。
「へぇ、手続きが必要なのね」
さすがは王都。人の出入りの管理は厳しいのね。それともどの町でもそういうもの? う~ん、セレスタが戻ってきたら聞いてみよう。
「そりゃそうよ。まぁ、私が入れないわけないけど」
はいはい、そうでしたね。
レナの言葉どおり、何の問題もなく私たちは門を通過することができた。手続きのついでにセレスタがアンダさんの宝飾店の場所を聞いてきてくれたので、早速店へ向かうことにする。
慣れない馬車の旅に、疲れてない? とセレスタは心配してくれたし、正直、できればどこかで少し体も伸ばしたかった。でも、見るからにソワソワしているレナを見るとそうも言えず、真っすぐ向かってもらうことにしたのだ。
「大丈夫?」
「駄目。心臓が飛び出そう」
少し涙目で私を見るレナに思わず笑ってしまう。
「笑わないでよ!」
「ごめん、ごめん」
本当はもう少し揶揄ってみたかったけれど、あまりに真剣なレナの様子をみて我慢する。後が怖いしね。
ところが、アンダさんの宝飾店へ着いたものの、肝心のアンダさんが不在だった。従業員の方曰く、お客様の家に出かけているとのことだった。
「しまった。一報いれておくべきだったか」
「先に宿屋へ寄って出直すしかないね。レナ様、申し訳ありませんが」
申し訳なさそうな顔をするジェードとセレスタの言葉にレナがうなずく。
「仕方がないわ。出直しましょう」
夕方には戻るということだったので、その頃に再度訪問することを伝えて店を後にしようとした、その時。
「おや、タキの町の領主様のお嬢様じゃないですか」
私たちを呼び止める声に驚いて振り返る。そして二度見した。
人って驚いた時には本当に二度見するんだね。
そこに立っていたのは、目を見張るほどのイケメンだった。
タキの町では見かけることの少ない褐色の肌に、緩やかにウェーブしたプラチナブロンドの髪。人懐っこい笑顔に甘い声。
でも、何よりも印象的なのは目の色だった。光の加減で緑にも茶色にも見える不思議な目。その目に見つめられるだけで、ドキドキして、目が離せなくなる。
これで、貴方のために、なんて宝飾合成をされた日にゃ、レナでなくとも一目ぼれ確実だわ。だ。
「アンダ様!」
レナの声でハッと我に返る。危ない、危ない、私まで落ちてどうするのさ。
そんな私を無視してレナがアンダさんに向かって走りだす。
「どうされたんですか? 王都になにかご用事でも?」
「あっ、えっと、あの、私」
アンダさんに走り寄ったまではいいものの、レナは顔を真っ赤にしてうつむくだけ。全然会話になっていない。
あらら。こりゃ駄目だわ。
仕方ない、と、助け舟を出そうとレナの元に歩き出した瞬間。
「よろしければ、私の店でお茶でもいかがですか。旅の途中で手に入れた美味しいお茶があるんです」
そう言うや否や、緊張で言葉を失っているレナの手を優雅に取り、自分の店へと案内するアンダさん。
ひえ~、イケメンは違うわ。
唖然とする私たちを見て、アンダさんが一言。
「さぁ、お付きの方たちもどうぞ」
お付きじゃないわ! セレスタとジェードはともかく、私は違うわ! レナ、あんた、ぼ~っとしてないで訂正しなさいよ!
心の中で叫んでみたものの、目の前のレナはアンダさんしか見えていない様子。
あ~ぁ、本当に人の目ってハートになるものなのね。
後ろを振り返ればセレスタとジェードも苦笑いしている。どうやら2人もこの旅の本当の意味にやっと気が付いたらしい。
言ってやりたいことは山ほどあるけれど、まぁ、あんなに嬉しそうだし。とりあえずよしとしますかね。
軽くため息をつきながら、私たちもアンダさんとレナに続いたのだった。
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