第31話 旅は道連れ?

 善(?)は急げとばかりにレナ様に引きずられてきたのは、おそらく謁見の間? 的な場所。

 高い天井に何本もの柱が並んでいて、真ん中にな赤い絨毯が真っすぐ敷かれている。その先に階段があって、上には豪華な椅子が2つ。片方に領主様が、もう片方に領主様の奥様が座っている。

 これまたゲームや映画でしか見たことのないような光景に、やっぱりファンタジーだわ、と密かにテンションがあがる。

 そして、さすがレナ様のご両親。どちらも超美形。このファンタジーな状況に似つかわしいお姿。まるで自分が伝説の勇者にでもなった気分だわ。


 「あなたがホタルさんですね。レナのために、わざわざきていただいてありがとう」


 奥様が優しく微笑みながら私に声をかけてくれる。やばい、美人は声まで綺麗だわ。

 その上品な物言いと涼やかな声に、どうしてこの奥様から、あの我儘娘が生まれてくるのか、と心の中だけで首を傾げる。


 そうそう、私は床に片膝ついてってやつかと思いきや、ちゃんと椅子が用意されていた。セレスタとジェードも後ろに控えていてくれるし、多少心強い。

 さっき見捨てたことは忘れていないけれどね!


「お父様、お母様、彼女がこの町で唯一の修理を専門とする宝飾師のホタルさんです」


 レナ様に紹介されて、慌てて椅子から立ち上がって頭を下げる。


「彼女は優秀な方ですが、その技術を持ってしても、こちらのバングルは直せないとのことです。そうですわね、ホタルさん」

 

 その言葉に合わせて、セレスタが壊れたバングルを領主様と奥様の前に差し出す。って、えっ? ホタルさん? さっきまでの生意気な態度はどこへやら、別人かと思うくらい落ち着いた態度で話すレナ様の姿に唖然として言葉がでない。


 ガツッ。

 そんな私にレナ様の肘鉄がさく裂する。横目でこちらを睨むその顔は、さっきまでのレナ様だ。

 ちょっと、態度変わりすぎでしょ。


「ホタルさん、どうなさいました?」


 黙ったままの私に、奥様が怪訝そうな顔をする。

 

「お母様、ホタルさんはこのような場が初めてなので、緊張されているんですわ。ねぇ、ホタルさん」


 そんな奥様にレナ様が笑顔で答える。けれど、ねぇ、ホタルさん、の圧がすごいんだってば! この猫被り娘が!

 脇腹の痛みを隠しつつ、私は精一杯すました顔で奥様に答える。


「はい、失礼いたしました。レナ様のおっしゃるとおりです。残念ながら、そちらのバングルは精緻な模様も施されており、これ以上の修理には耐えきれないかと存じます」

「まぁ、それは残念」

 

 私の言葉に奥様が軽く眉を顰める。でも隣に座る領主様はあっさりとしていた。


「仕方があるまい。レナ、他にもアクセサリーはたくさんあるだろう。残念だが諦めなさい。ホタルさんもご足労いただいて悪かったね」


 領主様の言う事もごもっとも。こんな立派なお城にお住まいなんだもの。アクセサリーも山ほどお持ちだろう。

 でも、それでは困るのだ。こうなるとレナ様がアンダさんに会えない。どうしよう、と私が横目でレナ様を見ると彼女は慌てた様子もなく領主様に向かって答えた。


「お父様、このバングルは私のために創ってくださったもの。例えそれが旅の行商人といえども、その思いを粗雑に扱うことはできません」

「もちろんだ。領主の娘たるもの、ひと時の滞在だったとしても、この地を踏んだ者の想いを蔑ろにすることは許されん。しかし、どうするのだ?」

 

 なるほど、さっきの領主様の言葉は想定内だったというわけね。

 領主様はレナ様の言葉に大きくうなずいた後、そうたずねた。


「ホタルさんにお聞きしたところ、このままでは修理は難しいけれど、創った宝飾師と協力すれば修理できるかもしれないとおっしゃるんです」


 はい? 誰がそんなこと言った? いやいや、無理だって。修理できないって言ったじゃん!

 

「あのっ! うっ!」

 

 訂正しようとした私は、足へと走った激痛に言葉を失う。見ればレナ様が私の足を踏みつけている。凶器かっていうくらい高いヒールで。


「それは本当なの? ホタルさん」

 

 そんな私に気付かず、奥様が私にたずねる。

 

「えぇ、そうですわよね。ホタルさん?」


 だから、圧が強いんだって! しかも脇腹の次は足かよ! ったく、もう知らないからね!


「はい、お話してみないとわかりませんが、可能性はあるかと」

 

 無いけれどね! ほぼ百パーセント無いけれどね!

 あぁ、後ろめたさで奥様の顔を見ることができない。


「ではホタルさん、ご無理を言って申し訳ないのだけれど、その宝飾師の方をたずねてみてはいただけないかしら? 確か、王都にお住いのアンダさんという方だったはずよ」

「えっ? 一人で?」

 

 にっこりとほほ笑む奥様の言葉に私はギョッとする。


「はははっ、いくら王都が近いとはいえ、お嬢さん一人で行かせることはしないよ」


 そうですよね。よかった。って、そうじゃない!

 いや、普通はそうなりますよね。レナ様は領主様の娘。おいそれと外出なんてできないだろう。でも、今回は私だけが行っても意味ないのよ。


「セレスタ、ジェード、お前たちはホタルさんとも知り合いだろう。ついていきなさい」

「はい。領主様」

 

 セレスタ、はい、じゃないの。あんた達じゃないんだって。いや、一緒に来て欲しいは来てほしいけれど、あんた達だけじゃ駄目なんだって。

 慌ててレナ様を見ると、レナ様も焦った顔で私を見つめ返す。

 おい、ノープランかよ!


「おっ、恐れ入りますが」

 

 声が裏返ったのは許して欲しい。

 今にも、いってらっしゃい、と送り出されてしまいそうな雰囲気の中、私は勇気をふり絞って声をあげる。


「どうされました? ホタルさん」

「領主様、奥様、先ほど申し上げましたとおり、このバングルの修理は非常に困難な状況です。最大限の努力はいたしますが、万が一、ということもあり得ます。その際、私からお詫びを申し上げたところで、アンダさんはどう思われますか」

 

 そう言って、私はレナ様にチラチラと下手くそな目配せをする。ほら、気が付け! 我儘娘!


「えっ? あっ、あぁ。そっ、そういう事ね」

「レナ? どうしたの?」

 

 我が娘の突然の蓮っ葉な物言いに奥様が怪訝そうな顔をする。

 おい! 被っていた猫がはがれかけてるぞ!


「あっ、いえ。なんでもありませんわ。お父様、お母様、もし、直らなかった時には私から直接お詫びを申し上げたいの。それがこのバングルを創ってくれた方への最低限の礼儀だと思うのです」


 なんとか猫を被り直したレナ様が、品よく、でもきっぱりと領主様と奥様に告げる。その姿に領主様が大きくうなずく。

 

「確かに。直らない可能性があるのであれば、その時はその方がいいだろう」

「ちょっと待ってくださいな。レナはタキの町どころか城すらほとんど出たことがありませんわ。いきなり王都へ行かせるというのは」

 

 反対に奥様は心配そうに苦言を呈する。そりゃそうだよね、一人娘だもんね。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない!

 

「さすがです! レナ様、素晴らしいお心がけ! まだお若いのに下々の者に寄り添うそのお姿。きっと王都でも評判となることでしょう!」

 

 うぅ、自分の言葉で鳥肌が立つって初めての経験だ。


「領主様、我々がついております。レナ様に危険が及ぶことは万が一にもございません」

「僭越ながら、私とセレスタの腕は警備隊の中でも随と自負しております。ご心配は不要かと」


 思わぬところでセレスタとジェードも援護射撃をしてくれた。その言葉に領主様がまた大きくうなずく。よし! 領主様は攻略できたはず。

 

「レナもそろそろ町の外を見ておくべきだろう。どうだ? これもいい機会だ。レナを王都に行かせてみようではないか」

「そうですわね。レナもいつまでも小さな少女という訳ではありませんものね」

 

 領主様の言葉に奥様が少し寂し気にうなずく。

 こうしてレナ様と私たちの王都行きがなんとか決定した。


 いやいや、ちょっと待って。

 私、いつになったらマダムの宝飾店に帰れるの?

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