第29話 何度修理しても壊れる理由【後編】

 まだ開店準備すら始めていない早朝。静かな通りに馬の蹄の音と車輪の音が響き渡る。

 何事かと思っていたら、その音がマダムの宝飾店の前で止まった。

 

 ちょうど二階で朝ごはんを食べていたマダムと私が顔を見合せていると、階下から店のドアの開く音がする。

 もちろんドアの鍵は閉店作業のときにきっちり閉めている。タキの町は治安もいいし、店のある通りは古くからの店が多くて顔見知りも多い。でも曲がりなりにも宝飾店。防犯には特に注意をしているのだ。

 だから店の鍵を持っている人間は少ない。マダムと私はここにいるから、あとは1人しかいない。


「一体、何事だい?」


 階下に降りたマダムと私が見つけたのは、予想どおりセレスタとジェードだった。2人とも早朝だというのに制服に身を包んでいる。そのバシッとした姿にマダムが顔をしかめる。


「マダム、お願い。ホタルさんを」

「とりあえず、あがんな。ホタル、2人にお茶を」


 セレスタの言葉を最後まで聞かずに、マダムはそれだけ言うとさっさと階段に向かってしまう。私も慌てて後に続こうとしたのだけれど。


「マダム、すまない。時間がないんだ」

「ごめんね。ホタルさん、レナ様がお呼びなんだ。あっ、レナ様って言うのは」

「待ちな」

 

 2人の言葉を遮り、振り返ったマダムがそう言って渋い顔をする。


「2階にあがんな。話はそれからだ」

 

 取り付く島もないとはまさにこのこと。マダムの態度にセレスタが軽く首を振り、ため息をつく。

 

「ジェード、お邪魔しよう」

「待て! そんな時間は!」


 止めようとするジェードにセレスタが言う。

 

「だから無理だって言ったじゃん。理由も言わずにホタルさんを連れ出すなんて」

「でも!」


 言い合うセレスタとジェードを灰色の目がジロリと一瞥する。

 獲物を仕留める前の猛禽類のようなその目に、セレスタとジェードだけでなく、私まで息をのむ。


「何度も言わせるんじゃないよ。早く来な」

 

 そう言うと今度こそマダムが階段をのぼりだす。その後をセレスタが慌てて追う。その姿を見て、ジェードもチッと舌打ちをしながら、2階へとあがっていくのだった。


「どうぞ」

 

 とりあえず言われたとおりにお茶を淹れたものの、いつになく空気が重い。


「それで? 事情を説明してもらおうか?」

 

 その空気を更に重くするかのように、マダムがドスの利いた声でセレスタたちを睨みつける。

 見える。マダムの背後にドス黒い怒りのオーラが。

 自分に向けられた言葉ではないのに、その姿に私はカップに手をつけることすらできずに凍りついた。それなのに。


「そんな目でみないでよ。おばさ……フゴッ」


 セレスタ、やっぱりあんたのメンタルは最強だよ。

 暢気な声で話しだしたセレスタが、最後まで言う前に銀色の閃光とともに流れ星となって消え去った。


「マダム、実は」


 部屋の隅に転がるセレスタを無視してジェードが事情を説明し始める。


 セレスタが私に修理を依頼してきたバングル。やっぱりあれが今回の早朝訪問の理由だった。

 あのバングルはマダムの予想どおり領主様の娘であるレナ様のものだった。そして、驚いたことにレナ様はどうやらわざとバングルを壊しているらしいのだ。

 壊しては修理に出す、そして、また壊す。

 理由をたずねても、たまたま壊れた、としか答えてくれないので、周りはお手上げ状態。そんな中、今回は無理だと言った私の言葉をセレスタが伝えたところ、そんなはずはない、その修理屋を連れてこい、とご立腹。そしてなんと部屋からでてこなくなってしまったそうだ。


 なんじゃ、その我儘娘。

 思わず心の中で盛大にため息をついてしまった。

 まぁ、曲がりなりにも領主様の娘。そしてセレスタ達の上司。さすがに口に出すのは我慢したけれどさ。


「くだらない。そんなのこっちの知ったこっちゃないよ。何度も壊す方が悪いんだ。大体、用があるならそっちからこいって話だろ」


 あっ、こちらは我慢されなかった。私と違ってマダムはばっさりと切り捨てる。


「そんなこと言わないでよ~」


 いつの間にか復活したセレスタが、大して困ってもいないような暢気な声で泣きつく。本音を言えばセレスタだってマダム同様くだらないと思っているのが丸わかりだ。

 

「領主様もレナ様のことを心配なさっている。それが証拠に、今回は直々に俺たちへホタルを連れてくるようにお達しがあったんだ。マダム、ホタル、頼む」


 一方、どこまでも真面目なジェードはそう言ってマダムと私に頭を下げる。

 いや、ジェード、多分違うと思うよ。直々のお達しは、他に知られたらみっともないって、領主様も思ったからじゃないかなぁ。

 

「まぁ、どちらにしろ領主様のお達しだから、俺たちもホタルさんを連れていないわけにいかないのよ。ホタルさん、お願い! ちょっと顔だしてくれるだけでいいから、一緒に来て!」


 おいおい、セレスタ、やっつけ仕事感が半端ないな。

 かなりの温度差がある2人に頭を下げられて、私は困惑した顔でマダムを見つめる。でもマダムは眉間に皺を寄せたまま、何も言わない。そんな3人を交互に見つめて、私はため息をつく。

 

「わかりました。マダム、私、行ってきます」

「ホタルさん、ありがとう!」

「悪い。助かる」

 

 喜ぶ2人と眉間の皺を更に深くする1人。


「ホタル、無理していくことはないんだよ」

 

 マダムの言葉に私は苦笑いする。いや、マダムなら本当に行かずに済ませてしまいそうだけれど、別に顔を出すくらい大したことじゃない。

 

「いいですよ。領主様のお屋敷なんてなかなか見る機会ないですし。それより、また店をお休みすることになってしまってすみません」

 

 頭を下げる私にマダムは、はぁ、とため息をつく。


「悪いね。少しでも失礼なことや無理なことを言われたら、すぐに帰っておいで」

「はい」


 マダムの言葉に私はうなずく。


「セレスタ、ジェード、あんた達、ホタルに何かあったら承知しないからね」

「了解!」

「もちろんだ」


 こうして、私はセレスタたちと一緒に領主様のお屋敷へ向かうことになったのだった。

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