第28話 何度修理しても壊れる理由【前編】
修理したバングルをセレスタに渡した数日後。
セレスタがマダムの宝飾店に持ってきたのは修理したはずのバングルだった。
「えっ? どういうこと?」
豪奢なエメラルドのバングルは、前回よりも更に派手に歪んでしまっている。
「ごめん。ホタルさん。何も聞かないで」
いやいや、何も聞くなって。どうしたらこんなに歪むのよ。
そう言いたいところだけれど、セレスタだって上司の娘の頼みだ。断りきれない事情もあるんだろう。
どこの世界でも、勤め人は辛いよねぇ。
申し訳なさそうなセレスタを見て、私は仕方ないとうなずく。
「わかった。明日でいいかな?」
「助かります! 今度、ゴシェの限定タルト、差し入れます!」
いや、それは試作品の段階でもう食べているからいいけれどさ。
でも、再び修理したバングルを渡して数日後。
宝飾店に来たセレスタの手にあるのは、また歪んでしまったバングルだった。
「えぇ、どういうこと?」
さすがに3度目ともなれば事情くらいは教えてもらわないと。
「本当にごめん! ホタルさん、お願い!」
でもセレスタは謝るばかりで何も教えてくれない。
何かおかしい。どんなに華奢なバングルだって、普通に身に着けているだけで、こんな頻繁に歪むとは考えにくい。しかも、このバングルの持ち主は領主様の娘。バングルが歪むほどの力仕事なんてするわけもない。
とはいえ、セレスタだって事情を説明できるならしているだろう。何も言わないってことは、知らないか、言えないかのどちらか。どちらにしても問い詰めたって仕方なさそうだ。でも。
「セレスタのお願いなら直すけれど、持ち主に言っておいて。これが最後だって」
これだけは言っておかないと。何度ももってこられても困る。もちろん手間もあるけれど、何より物理的に困る。
「えっ? なんで?」
私の言葉にセレスタが驚いた顔をする。
おいおい、まだ壊す気なのかい?
ここはきちんと説明しておいた方がよさそう。
「あのね、金属って何度も曲げたり伸ばしたりを繰り返すと割れてしまうの」
「えっ、そうなの? 金属なのに?」
キョトンとするセレスタに言葉を続ける。
そうよね。普通はそう思うよね。でもこれは冗談でも脅しでもなく本当のことだ。
「それにこのバングルには細かい模様が彫ってあるでしょ。何度も叩いてしまうと模様をつぶしかねないの」
「そうなんだ」
「そうなのよ。なので、修理は今回限りだって、必ず伝えてね」
「了解!」
バングルを預かりながら念を押す私にセレスタは大きくうなずいてくれたのだけれど。
本当に大丈夫かなぁ。なんだか、嫌な予感しかない。
店を後にするセレスタを見送りながら、私は内心ため息をついていた。
そして、その予感は数日後にすぐ当たった。
やっぱりこうなったか。
目の前に置かれたバングルと申し訳なさそうに佇むセレスタを交互に見ながら、私はため息をつく。
「セレスタ、これはどういうこと?」
「ごめん! この前が最後だってきちんと伝えたんだよ。でも、お願い! 本当にこれで最後にしてもらうから、もう一度だけ修理してください!」
最初の時と同じように顔の前で手をパチンと合わせるセレスタに私は首を振る。
「悪いけれど、無理だよ。この前だって、かなり冷や冷やだったんだ。今回は本当に割れてしまってもおかしくない」
別に意地悪で言っているわけではない。申し訳ないけれど私は素人だ。そして、目の前にあるのは領主様の娘のアクセサリー。無茶をして割ってしまったら、セレスタだけじゃない、マダムにだって迷惑がかかるかもしれない。
「う~ん、本当にだめそう? 今度こそ最後だってちゃんと言うから」
食い下がるセレスタに私ははっきり告げる。
「セレスタのお願いでもこれは無理。それに、申し訳ないけれど、今回直してもきっと繰り返すんじゃないかな?」
「そっか。うん、実は俺もそう思ってる。そうだね。難しいって言ってくるよ」
セレスタも思う所はあったのだろう。困った顔をしつつも、私の言葉にうなずく。
「お役に立てずごめんね」
「ううん。何度もありがとう。じゃあ、仕事に戻るね」
そう言うとセレスタは壊れた歪んだバングルを持って店を出て行ったのだった。
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