第4章 壊れたバングル
第27話 エメラルドのバングル
その日は修理の依頼もなくて、のんびりと店番をしていた。
そろそろ3時だし、お客さんも途切れたことだし、マダムにお茶でもしないか聞いてみようかなぁ、なんて思っていたその時だった。
「ホタルさん、お願いがあるんだけど」
そう言ってマダムの宝飾店に入ってきたのは、マダムの甥っ子のセレスタ。輝く銀髪に涼やかな青灰色の目、すらりとした長身のイケメンは、この時間は領主様の警備隊として仕事中のはずだ。
「セレスタ、どうしたの? こんな時間に」
まぁ、見回りのついでと言っては店に寄って、お茶だったり、ごはんを食べていくことも多々ある。だからこの時間にきてもそれほどおかしくはないのだけれど。でも、だったら一緒のはずのジェードの姿が見えない。
ちなみにジェードも領主様の警備隊の一人だ。
ツンツンとした金髪に明るい緑色の目、セレスタより少し背が高く、ガタイもいい。セレスタとは系統は違うものの、こちらもまごうことなきイケメンだ。
「これ、直せるかな?」
そう言ってセレスタがカウンターに置いたのはエメラルドのバングルだった。
幅の広い金のバングルには精緻な模様が彫り込まれ、大きなエメラルドが埋め込まれている。エメラルド以外にもメレのダイヤモンドがちりばめられていて、なかなかに豪華なのだが、どこかにぶつけたのか見事に歪んでしまっている。
ただ、どう見てもこれは女性モノ。男性のセレスタがつけるようなものではない。
「多分、直せるけれど、どうしたの? セレスタのではないよね?」
「う~ん。何も聞かずに直してもらえたりしないかな? お願い!」
たずねる私に珍しくセレスタが言葉を濁し、私の目の前に手をパチンと合わせる。あら、この、手をパチンとするお願いポーズ、こっちの世界にもあるのね。なんて、思いつつ私はうなずく。
セレスタもお年頃だ。私の知らない女性関係もあるだろうしね。
「わかった。今夜のうちに直せると思うから、明日取りに来て」
バングルが誰のものかは気になるけれど、余計な詮索は野暮ってもの。いつもお世話になっているし、私はそれ以上、何も聞かず引き受けることにした。
「ありがとう! 恩に着ます!」
そう言うとセレスタはバングルを置いて仕事へと戻っていった。
「という訳で、今夜、作業場を使わせてもらいたんですが、いいですか?」
夜ごはんを食べながらマダムに報告、兼、お願いをする。
ちなみに今日のメニューはペスカトーレだ。よく来てくれるお客さんの1人が旅行のにお土産に貝や魚を持ってきてくれたので、豪華なパスタとなった。海から遠いタキの町では海産物はちょっとお高いので嬉しい。
安定のサラダ当番の私は、今日はポテトサラダに挑戦した。じゃが芋をこうやって食べる習慣がないそうで珍しがられたが、マダムの箸(実際使っているのはフォークだけれど)の進み具合を見る限り、お気に召してもらえたようだ。
今度、セレスタとジェードにも作ってみようっと。
「構わないよ。ところでそのバングルはどこだい?」
「あぁ、ちょっと待ってくださいね」
そう言って部屋に置いてあるバングルを取りに席を立つ。
「なるほどね。こりゃ、レナの物だ」
「レナさん? っていうか、それ、わたしが聞いていい話ですか?」
バングルを持ってさらりとそう言うマダムに私が慌てて聞き返す。
「なんでだい?」
でも、逆にマダムが首を傾げてしまった。
「えっと、セレスタが何も聞かずに直してくれって」
「あぁ、そういうことか。構わないよ。どうせあの我が儘娘が、壊したアクセサリーをこっそり直してもらおうと、セレスタに頼んだだけだろうからね」
そう言うとマダムはバングルの持ち主であろうレナさんについて教えてくれた。
レナさん、改め、レナ様は領主様の一人娘だった。15歳、ランと同い年なんだそうだ。
セレスタは仕事で領主様のお屋敷に毎日行っているのだから、領主様のお嬢様と顔見知りでもおかしくはない。
つまり、彼女なんかではなく、単に上司の娘にこっそりお願い事をされただけだったわけだ。
なんだ。つまんない。あとでからかってやろうと思っていたのに。
それにしても流石、領主様のお嬢様。持っているアクセサリーも豪華だわ。
「そんなことより直るのかい?」
マダムの言葉に私はうなずく。
「はい。歪んでいるだけなので、叩いて調整すれば大丈夫だと思います。それより」
「それより?」
「あの、これってマダムの創った物ですか?」
私の言葉にマダムが、おや? という顔をする。
「なんでそんなこと聞くんだい?」
「マダムのアクセサリーにしては、ちょっと。あっ、いえ、なんでもないです」
「言ってごらん。遠慮はいらないよ」
しまった。余計なこと言ってしまったと慌てても後の祭り。言うまで解放してもらえない雰囲気がマダムからプンプンしている。
「えっと。すごく豪華で綺麗なんですけれど」
「下手な前置きはいいから、早く言いな」
慎重に言葉を選ぼうとしたのに、それをマダムがピシャリと叩き落とす。
あぁ、言うんじゃなかった。なんて後悔してももう遅い。私は覚悟を決めて思っていたことを口にした。
「なんか煩いと言うか、全身で、私綺麗でしょ、って叫んでいるような感じがして、マダムの創った物にしては珍しいなって」
言った。言ってしまった。マダム、絶対怒るよね。私は次にくるであろうお叱りの言葉に備えて身をすくめた。のだけれど。
「ははっ。こりゃ、傑作だ。煩いとはね」
「すっ、すみません!」
予想外に聞こえてきた笑い声に私は急いで謝る。
「構わないよ。創った奴がここにいるわけでもないし」
「えっ? じゃあ」
マダムの言葉に私は顔を上げる。
「ホタル、あんたの言うとおりこれは私のアクセサリーじゃないよ。王都で宝飾店をやっているアンダって子の物さ」
「えっ、宝飾師って他にもいらっしゃるんですか?」
私の言葉にマダムが呆れた顔をする。
「当たり前だろ。ごまんといるよ」
そりゃそうか。
この世界では宝飾師は一般的な職業なんだものね。でも、そうとわかっていても、マダムの宝飾合成を目の当たりにしてしまうと、あれをできる人が他にもいるなんて想像がつかない。
「へぇ、他の方の作品だったんですね。どうりで」
「煩いわけだ。かい?」
バングルをまじまじと見る私にマダムが意地悪そうにたずねる。
「そっ、それは。でも、確かに作る人によってこんなにも変わるんですね」
「そうだね。宝飾合成の素材によってもちろん変わってくるし、宝飾師のセンスや熟練度も影響するからね」
なるほどねぇ。確かに元の世界でもアクセサリーはブランドやデザイナー、作り手によって様々だった。
この世界では宝飾合成の素材も宝飾師によって異なる。素材まで違えばそれこそ千差万別だろう。
「まぁ、直せるなら直してやった方が喜ぶだろうよ。作業場は好きに使いな」
「はい。ありがとうございます」
夜ごはんの後、作業場でバングルの修理をする。歪んでいるだけだから、単純に叩いて直すのだけの簡単な事業だ。
まぁ、一面に精緻な模様が施されていたので、それを潰さないようにするのが多少大変だったけれど。
「はい。これでいいかな?」
翌朝、宝飾店にやってきたセレスタへバングルを渡すと大いに喜んでくれた。
うん。よかった、よかった。これで一件落着。だと思ったんだけれどねぇ。
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