閑話休題

第26話 教えてノームさん

「こんにちは」

 

 誰もいない領主様のお庭で私は声を掛けると、芝生に腰をおろす。


「いらっしゃい」

 

 ほどなくしてノームさんの返事が返ってくるので、声の聞こえた方を向いて、私は手に持った紙の箱を軽く持ち上げる。

 

「今日は新作だそうです。いちじくのタルトなんですけれど、後で感想を教えて欲しいって」

「ほう。それは楽しみじゃな」


 ランのイヤーカフの一件以降、お休みの日の午後はノームさんのところでお茶をいただくのが習慣になりつつあった。 

 ゴシェさんのお菓子を買っていくのもおきまりで、最近はゴシェさんがお菓子を取っておいてくれたり、たまには今回みたいに新作の試食を頼まれたりなんかもしている。


「最近はどうじゃ?」

 

 いつもの切り株に座ると、そう言いながらノームさんがお茶を淹れてくれる。今日はいちじくのタルトに合わせてくれたようで、甘さ控えめ、爽やかな香りのお茶だ。


「そうですねぇ」

 

 別に特別なことを話すわけではない。最近あったことを話したり、ノームさんから領主様のお庭の植物の話を聞いたり、そんな風にして過ごす。

 やっぱりノームさんには何を話しても大丈夫な気がして、甘えかな、と思いつつも、つい色々話してしまいがちだ。


「そう言えばノームさんに聞きたいことがあったんです」

「なんじゃね?」

 

 深緑色のつぶらな目が私を見る。

 見た目おじいちゃんだけれど、目はまん丸で可愛いんだよね。って、間違っても本人には言えないけれど。


「マダムって何歳……ひえっ!」


 言い切る前に目の前にボウガンの矢が刺さり、思わずのけぞる。

 嘘でしょ? もうちょっとで当たっていたかも!


「ちょっと、ジェード、何すんのよ!」

 

 私は大声で矢の飛んできた方向に怒鳴りつける。

 全く、冗談でもしていいことと悪いことがあるでしょ!


 ……


 …………


 ………………


「あれ?」

 

 一向にジェードが出てくる気配がない。それどころか声もしないし、なんなら人の気配が……しない?

 

「どういうこと? ジェードじゃないの?」

 

 私の質問に返事はない。嘘でしょ?


「ふぉっふぉっ」

 

 そんな私を見てノームさんが笑い声をあげる。

 

「えっ? どうしたんですか?」

 

 怪訝そうな顔でたずねる私を見ながら、ノームさんは無言でお茶をすする。


「ちょっと、今の誰か知っているんですか?」

 

 噛みつく私にノームさんがのんびりと答える。

 

「世の中にはな、触れてはいけないものがあるんじゃよ」

「えっ? どういう」

 

 言いかけた私の口をノームさんの小さな手がそっとふさぐ。

 

「じゃから、触れてはいけないのさ。ホタルはこれからも、ゴシェ殿のおいしいお菓子を食べたりしたいじゃろ?」

 

 そう言うとノームさんは手をどかし、いちじくのタルトを一口食べ、幸せそうな顔をする。


「うん、なかなかじゃ。さすがゴシェ殿。ホタルも早くいただきなさい」

「はい」

 

 釈然としないものの、私も目の前のタルトに手を伸ばす。

 うん。おいしい。

 これから先もこの時間を大切にしたいし、そもそもこの世界での暮らしを大切にしたい。


「さっきの質問は忘れてください」

「うん。ホタルは良い子じゃな」

 

 私の言葉にノームさんがうなずき、またタルトを口に運ぶ。


 うん。マダムの年齢については気にしないことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る