第25話 ホタルの告白

「お話があります!」

 

 ノームさんと話をした数日後。マダムの宝飾店が終わり、セレスタやジェードも揃って夜ごはんを食べている時。

 今しかない! そう思って私は口を開いた。


「どうしたの? 急に大きな声をだして」

 

 口に運びかけたスプーンを皿に戻してセレスタが私を見る。

 ちなみに今日の夕ごはんはカレーライスだ。ホロホロに煮込まれた牛肉と大きめに切ったほっくりじゃが芋がおいしい。私は今回もサラダ担当。八百屋で真っ赤なトマトを見つけたので、トマトサラダにした。

 そうそう、この世界は色々と元の世界に近かったりする。特に食べ物はほぼ同じ。初めて食事に肉がでてきた時には、なんの肉? って恐る恐るだったけれど、メインで食べるのは普通に牛や豚、鶏肉だ。モンスターの肉とか、謎の名前の野菜とかは今のところお目にかかっていない。

 食生活が安心って大切だよね。……って、そんなことを言っている場合じゃなかった! 


「なんだい?」

 

 マダムに促されて、私は大きく深呼吸をする。


「突然ですが、私、別の世界からきました!」

「「「はぁ?」」」

 

 何を言い出した? と驚くみんなにノームさんに話したことと同じことを話す。突拍子もない話に驚いたのだと思う。みんなの食事の手はすっかり止まってしまって、何も言えずにいるみたいだった。

 

「あの、信じてもらえますか?」

 

 話を終えた私は黙ったままのみんなに、おずおずと問いかけた。するとマダムが灰色の目でジロリと睨む。

 

「噓なのかい?」

「違います! 本当です!」

「だったら、信じるも何もないだろ」

 

 慌てて答えると呆れたように言われてしまった。


「ホタルさん、遠いところから来たんだねぇ」

「家族にも会えず心細かっただろう。大変だったな」

 

 セレスタもジェードもそう言って心配そうな顔をしてくれる。


「みんな、怒らないんですか?」

「なんで?」

 

 思わずそう聞いたら、きょとんとした顔でセレスタに逆にたずねられてしまった。


「いや、嘘ついていたわけだし」

「ん? ついてないじゃん。言ってなかっただけだし、今、言ってくれたわけだし」

「会っていきなり話すような内容でもないしな」


 ねぇ、と言うセレスタにジェードもそう言ってうなずく。


「みんな、ありがとう」

 

 その優しさが嬉しくて涙声になる。


「そんなことより、これからどうするんだい?」

 

 マダムの言葉に涙を拭いて姿勢を正す。

 

「修理屋としてここで働かせて欲しいです。それと、宝飾師の修行も続けさせてください」

「別にうちにいるからって、宝飾師の修行を無理して続ける必要はないんだよ」


 マダムの言葉に私は首を振る。

 

「初めてマダムの宝飾合成を見たとき、本当にすごいと思ったんです。僅かでも私にも可能性があるというなら、続けたいんです。お願いします」


 そう言ってマダムに頭を下げる。


「わかった。前に言ったとおり別に宝飾師が足りないわけじゃない。気長にやりな」

「そうだね。おばさん、まだまだ死ななそ……フゴッ!」

 

 目の前で眩い銀色の閃光が迸る。けれど、その光景を気にも止めずに会話は続く。

 慣れって怖いわぁ。


「ホタルの話だけど、あまり他言はしない方がいいかもな。世の中にはいろいろな人がいるからな」

「そうだね。まぁ、いい女には秘密が必要さ。ホタルはその辺も、もうちょっと修行が必要そうだね」

 

 ジェードの言葉にマダムはそう言うと私を見てにやりと笑う。


「ホタルがいい女? そりゃ、宝飾師よりよっぽど難し……フゴッ」

 

 今度はジェードが部屋の彼方へと消えていく。


「さぁ、せっかくのごはんが冷めちまうよ」

「そうですね」

 

 何事もなかったようにマダムと私は夜ごはんを再開する。

 全く2人とも本当に勉強しないよね。


「と言う訳なんだけど、驚いたよね?」

 

 場所は変わって、ここはリシア君の道具屋。

 マダムたちに話をした翌日、宝飾店の昼休みに時間をもらってたずねてみたら、ちょうどリシア君も昼休みだった。

 

 昨日の夜ごはんの場で私のことは他言しない方がいいって話にはなったのだけれど、リシア君には話しておきたかった。そう言うとマダムたちも了承してくれた。なぜかジェードだけは最後まで渋っていたけれど。


「驚いたっす。え~、マジっすか。う~ん、目が3つあるとか、空を飛べるとかあれば、わかりやすいんすけど。って、飛べないっすよね?」

「飛べるかぁ!」

 

 突拍子もない質問に思わずかぶせ気味に突っ込んでしまう。そんなわけあるか。


「ですよね。ってか、そんな大切なこと、なんで俺なんかに?」

 

 どこか緊張した面持ちでリシア君が私にたずねてくる。まあ、そりゃそう思うよね。


「リシア君、ヤットコとか、イヤーフックとか、すごい褒めてくれたでしょ。でも、あれって私のアイディアじゃないからさ」

 

 目を輝かせる彼を見る度に、いつもどこか心苦しかった。だから言っておきたかったんだ。落胆されるだろうけれど、嘘はつきたくなかった。だって。

 

「な~んだ。そんなことっすか。どちらにしろ俺の知らないことを知っているのは確かだし、やっぱりすごいっすよ」

 

 あっけらかんと返事をするリシア君の反応にホッとしながらも、心の中で首を傾げる。

 あれ? リシア君、ちょっと変? 微かに違和感を感じたものの、そのまま私は言葉を続ける。


「ありがとう。それと、この前言ったとおり、リシア君にはこれからも色々相談すると思うの」

「もちろんっす。俺もホタルさんの世界の道具、もっと知りたいっす」

 

 私の言葉にリシア君がうなずく。


「うん。あのさ、私の修理屋はリシア君の作ってくれる道具がないと成り立たないんだ。だから、あの、迷惑かもだけど、私的には、あ、相棒? みたいな気分でいるからさ」

「えっ?」

「だからさ、隠し事はしたくなかったの。相棒だから、さ」

 

 リシア君の深緑色の目が大きく見開かれる。

 そうだよね。いい歳した大人から、こんなこと言われたら驚くよね。こんな青臭い話。でも、いつも私の拙いメモを見て一生懸命になってくれるリシア君だから、イヤーフックのことで早朝にたずねた私に嬉しいと言ってくれたリシア君だから、私はちゃんと伝えたいと思ったんだ。でも。


「いや、重いよね。あんまり気にしなくていいからね。ごめんね。なんか、お昼休みに急に来て、こんな話。あっ、一応、他の人には内緒ね。ってリシア君なら言わないと思うけど」

「言わないっす!」

 

 言ってしまってから急に恥ずかしくなって、あたふたする私に、リシア君が怒ったように答える。


「あっ、うん、わかってる。そ、それじゃ、私、お店に戻るね」

 

 しまった。怒らせてしまった。

 そりゃそうだ。リシア君だってお昼休みだったのに、私の話に長々と付き合わせてしまった。しかも一方的に重い話を。

 私は慌てて道具屋を出て行こうと背中を向ける。


「ひえっ?」

 

 そんな私の腕をリシア君が急に掴んだ。

 

「言わないっすから。だから何でも話してください。道具以外のことも何でも。俺、ホタルさんのこと、もっと知りたいっす」

 

 へっ? 道具以外? どういうこと?

 リシア君の言葉に頭がついていかない。掴まれた腕が痛い。


「痛い」

 

 思わず零れた言葉にリシア君がハッとしたように手を離す。


「あ、あの」

 

 えっと、なんて答えれば? っていうか、どういうこと? えっ? 何?

 軽くパニックな私を見て、リシア君がふっと笑う。

 えっ? なんで笑うの? ここ笑うところ?


「相棒っすから。何でも話してくださいって話っす」

「あっ、あぁ、なるほど。そう、そうだね。うん、わかった。これからもよろしくね」

 

 なんとかそれだけ答えて、今度こそ道具屋を後にする。


 なんだ、そういうことかぁ。

 リシア君の道具屋から十分離れたことを確認してから、私はため息をついて膝から崩れ落ちる。

 全く、若い子のすることはこれだから。ちょっとドキッとしちゃったじゃん。まぁ、歳の差、一回り。そんなわけないんだけれどさ。

 私は自分の勘違いに苦笑しながら、帰り道を急ぐのだった。

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