第3章 ホタルの告白
第24話 ゴシェの木の実クッキー
話は少し前に遡る。
ランにイヤーフックを渡した後、宝飾店の休みの日を使って私は1人で領主様のお庭に来ていた。リシア君に教えてもらったゴシェさんの木の実クッキーを持って。
「こんにちは。ノームさん、いらっしゃいますか?」
誰もいない空間に声を掛けると、花をつぶしてしまわないようにそっと芝生に座る。
気持ちのいい所だなぁ。
最初に来た時は訳もわからず、ボウガンに脅されてドキドキだったし、2回目は早朝、そして自業自得とはいえ石礫の襲撃。ゆっくり眺めたのは今回が初めてだ。
改めて領主様のお庭を眺めると、その広さに驚かされる。庭と言うより大きな公園だ。少し先には森も見えるし、見渡せる範囲だけでも露草以外にたくさんの花や木が育っている。人工的な雰囲気は少ないものの、決して乱雑ではない。丁寧に手入れされていることがうかがえた。
「こんにちは。今日は1人かね?」
のんびりと辺りを眺めていると足元からノームさんの声がした。
「こんにちは。はい、いつもセレスタ達についてきてもらうのは悪いので。あっ、許可はいただいているので大丈夫ですよ」
私は首から下げた許可証を見せる。マダムの力で用意されたそれは、いつでも領主様のお庭に入れるというすごい代物だ。
ますますマダムが何者なのか気になるけれど、とりあえずこうやって1人でも来ることができるようになったので、細かいことは気にしないでおこうと思う。
「先日はありがとうございました。お陰で素敵なイヤーフックができました。ランもすごく喜んでくれました。それで、これ。少しですが」
そう言ってクッキーを差し出すとノームさんが嬉しそうに目を細める。
「これはこれは、ゴシェ殿の木の実クッキーじゃな。わざわざありがとう。せっかくじゃからお茶にでもしよう。ついておいで」
そういって歩き出したノームさんにうなずき、私は後を追う。案内されたのは鬱蒼と木の茂った場所で、よく見ると椅子とテーブル代わりに切り株が並んでいる。
「さぁ、座っておくれ。我の家は人間にはちと小さいからな。今、お茶を持ってこよう」
そう言うや否やノームさんの姿が消える。私はひときわ大きな切り株にクッキーを置き、近くの切り株に腰を掛ける。
「ラン殿のご両親の薬屋特製の薬草茶じゃ。香りがよくてリラックスできるんじゃよ」
戻ってきたノームさんの手には木製のマグカップが2つ。大きな方を私に差し出してくれる。
「ありがとうございます」
受け取るとリンゴのような香りがふわりと立ち上がる。
「さて、聞きたいことは何かな? お礼のためだけに来たわけじゃないじゃろ」
ノームさんは早速クッキーに手を伸ばしながら、さらりと尋ねてくる。
どうやらお見通しだったらしい。
その言葉に私はマグカップを持った手を膝の上に置くと、今日ノームさんをたずねたもう1つの理由を口にした。
「この世界のことを教えて欲しいんです。魔力とか、精霊と人間の関係とか」
「ホタル、なぜそんなことを聞くんじゃ? この世界におれば親や学校から自然と学ぶことじゃよ」
「あっ、えっと。実は私、親がいなくて、学校も」
どうにか言い繕おうとして、止めた。
きっとノームさんにはばれてしまう。それに、何より私がノームさんに嘘をつきたくなかった。
目を伏せたら、膝の上のマグカップから甘く優しい香りがした。それを一口飲んで、顔を上げるとノームさんの深緑色の目を見つめる。その目はまるで深い森のようで、肩に入っていた余計な力が不思議と抜けていく気がした。
「私、多分、この世界の人間ではないんです」
深緑色の目が一瞬大きく見開かれる。でもノームさんは何も言わずに、私の次の言葉を待ってくれた。
私はもう一度お茶を飲む。大丈夫、ノームさんならちゃんと聞いてくれる。私は自分のこと、自分のいた世界について話し始めた。
私がいたのは地球と言う星の日本という国だったこと。
私がいた世界では魔力も精霊も物語の世界の話で、一般的には存在しないとされていること。
その代わりに科学が発達していること。
そこで私は社内システムの管理の仕事をしていて、ある日寝て起きたら領主様のお庭にいたこと。
どうしてここに来たのか、どうやったら帰れるのか、全くわからないこと。
そして、帰り方がわかるまで、この世界で修理屋として働いていきたいこと。
そのために、この世界について知っておきたいこと。
上手くなんて話せなかった。所々、言葉に詰まることもあった。でも私の拙くて長い話をノームさんは一度も遮ることなく聞いてくれた。
気が付けばノームさんはいつの間にか私の隣にきていた。そして、その小さな手で私の頭を撫でてくれた。
「よく話してくれたな。見知らぬ土地に1人で心細かったじゃろ。よくがんばったな」
「うぐっ」
ノームさんの手の温かさとその言葉に思わず涙が零れた。
そっか、私は心細かったんだ。
どうしてこの世界にきたのか、帰れるのかもわからなくて。
マダムもセレスタたちもみんな優しいけれど、嫌われるのが怖くて本当のことが言えなくて。なれるはずのない宝飾師の修行も続けるしかなくて、でも騙しているみたいで心苦しくて。
誰かに全部話してしまいたかったんだ。
「我の知っていることでよければいくらでも教えよう。少し長くなるがよいかな?」
私がうなずくとノームさんは切り株に座り直し、ゆっくりと話し始めた。この世界がどういうものかについて。
この世界には至ることに精霊や小人がいる。森にはノームさんのような精霊が、鉱山にはリシア君のいっていたとおりドワーフが、火や水や風にももちろん精霊がいる。
それぞれの妖精や小人の力は違うが、共通しているのは木や鉱物など人間が直接意思疎通できないものとの間を取り持ってくれること。
人間に好意的な場合も、そうでない場合もあるけれど、間を取り持ってくれているという感謝の気持ちと礼儀を忘れなければ大丈夫とのことだった。
それと、精霊の加護のない土地はあの場での慰めではなく、本当に存在するそうだ。
人間が精霊や小人をないがしろにし続けると、愛想をつかして出て行ってしまうことがあって、そういう土地は荒れ、争いの絶えない土地になるそうだ。
ごくまれにそう言った土地から逃げてくる人もいるらしく、セレスタは私もそうだと思ったんだろうとのことだった。
なるほど元の世界でいうところの難民みたいに思われてしまったということね。
「あとは魔力のことじゃったな。我も伝え聞いた話じゃから真偽の程はわからん。じゃが、その昔、この世界の人間は魔力を持たなかったそうじゃ。じゃが、精霊や小人といった存在と交流を深め、自然の力と縁を強くしていく中で次第に人間にも魔力が宿り始めたそうじゃ」
その後に続いたノームさんの言葉に私は目を丸くした。
「じゃから、今、魔力がなくとも、いつかは宿ることがあるやもしれんよ」
そんなことが本当にあるのか、わからない。ノームさんもわからないのだと思う。それに、正直、自分に魔力が宿るところなんて想像つかない。
でも、それでもノームさんの言葉は、微かな希望と大きな慰めになった。騙しているという罪悪感しかなかった宝飾師の修行に、別の意味を与えてくれた。
「ホタルのこと、皆に話すかどうかはホタル自身が決めると良い。全てを話すだけが誠意ではないからな。ただ、ホタルはこうやって修理屋という仕事を自分で見つけたり、自分のできることで皆の役に立とうとしておる。生まれや魔力の有無より、その気持ちの方が大切じゃと我は思うよ」
「ありがとうございます」
ノームさんの言葉に私は心から頭を下げて、領主様のお庭を後にしたのだった。
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