第23話 カイヤナイトのイヤーフック
「へぇ。綺麗なもんだね」
翌日、完成したイヤーフックをドキドキしながらマダムに見せる。どうやら無事に合格点をもらえたみたいだ。
「あぁ、イヤリングも綺麗だったが、これもいいな」
「うん。パーティーだし、このくらい遊びのある方がいいよ」
今日もマダムの宝飾店に顔を出してくれていたジェードとセレスタも口々に褒めてくれる。
「あの、マダム」
「ランのところへ届けに行きたいんだろ。後の店番は代わってやるから、行っておいで」
「ありがとうございます!」
呆れたように笑うマダムに私は頭を下げる。
「ホタル、ランの薬屋の場所、知っているのか?」
早速出かけようとした私にジェードが声を掛ける。
「あっ、知らない」
「ホタルさん、せっかちだなぁ」
「いいよ。仕事に戻るついでだ。送ってやるよ」
苦笑いしながらジェードも席を立つ。
「そうだ。ランのところへ行く前に寄りたいところがあるんだけれど、時間、大丈夫?」
一緒にマダムの宝飾店を出たジェードに確認すると、構わない、と言われたので、先にリシア君の店へ寄ることにする。リシア君にも完成品を見せないとね。
「ホタルさん、いらっしゃいっす。イヤーフック、どうでした?」
「へへへっ、見てこれ!」
道具屋へ着くと早速リシア君にイヤーフックを見せる。
「えっ? わざわざ見せにきてくれたんすか?」
「もちろん。リシア君のお陰でできたんだからね」
「嬉しいっす! おぉ、豪華っすね! パーティーで目立つこと間違いなしっすよ!」
「でしょ~! 私たちいい仕事したよね!」
「……! はい! 俺たちいい仕事したっすね!」
つい嬉しくなってどや顔で言ってしまった私を見て、リシア君が少し驚いた顔になる。でもそれも一瞬のことで、笑顔でうなずいてくれた。
「おい、そろそろ行くぞ」
2人でにやにやしていたら、ジェードに冷たく突っ込まれてしまった。
そうだ。ジェードは仕事あるんだった。
「あっ、ジェードさん。お疲れ様っす」
「リシア、こいつが迷惑かけたな。ありがとうよ。ほら、ホタル、行くぞ」
いや、お礼を言ってくれるのは嬉しいけれど、迷惑って。しかも、こいつ、ってなんか嫌な言い方。一応、私の方が年上だぞ。
一言文句を言おうとする私を無視して、ジェードはさっさと道具屋を出て行ってしまう。
「ちょっと、待ってよ。リシア君、ありがとうね!」
「はい! あの、迷惑じゃないっすからね!」
そう言ってくれるリシア君に頭を下げて、慌ててジェードを追いかける。
「ねぇ、時間ないなら場所だけ教えてくれれば一人でも行けるよ」
「別に。ほら行くぞ」
追い付いた私がそう言うと、ジェードはこちらをチラッと見ただけでさっさと歩きだす。
なんだ? なんか怒ってる?
「あのさ」
「イヤーフック、喜んでくれるといいな」
「へっ? あぁ、うん」
急に言われてびっくりしてしまう。
「ランの家は薬屋なんだ」
「あっ、そうなんだってね」
「今度、町を案内するよ。ホタル、この町のことあまり知らないだろ」
「へっ? あっ、うん。ありがとう」
話があっちこっちしてついていけない。
その後もちぐはぐとした会話が続いたまま、私たちはランの薬屋に着いてしまった。
「じゃあ、俺は仕事に戻るから。帰り道はわかるか?」
「うん。えっと、あの、ありがとうね。忙しいのに」
「あぁ。喜んでくれるといいな」
そう言ってジェードは仕事に戻っていった。その姿にさっきまでの機嫌悪さは見えない。
う~ん、なんだったんだろう?
考えたところでジェードは行ってしまったし、とりあえず機嫌は直ったみたいだし。まぁ、いいか、と気を取り直してランの薬屋のドアを開ける。店に入るとスパイスみたいな、漢方みたいな不思議な香りがする。カウンターに立つ女性へランに用事があると伝えると、店の奥に案内してくれた。
「ホタル」
応接室で待っていると、ほどなくしてランが現れた。
仕事中だったのだろう。艶やかな黒髪を結い上げて白衣を着たランが、不安そうな顔で部屋に入ってくる。
「はい」
アクセサリーケースを差し出す手が緊張で少し震える。みんなは綺麗って言ってくれたけれど、ランが気に入ってくれないと意味がない。
「……」
アクセサリーケースの蓋をそっと開けたランの紺色の目が大きく見開かれる。そして何も言わずに私を見つめる。
「あの、だめだった? 気に入らなかった?」
無言のままのランの姿に、不安になって声を掛ける。ランはまたアクセサリーケースの中に目を落とすけれど、返事はない。気まずい沈黙が流れる。たっぷり1分は待ったと思う。
「……これは……何?」
やっと発せられたランの言葉に、思わずガクッとこける。
そっか。そりゃそうだ。イヤーフックなんて見たことないよね。
「ちょっと、ごめんね」
そう言って、ランからイヤーフックを受け取り、耳にそっとかける。
ランの紺色の目と同じ色のカイヤナイトがアクアマリンに彩られて揺れる。
あぁ、綺麗だ。イヤーフックだけで見た時も綺麗だったけれど、やっぱりアクセサリーは身に着けてもらってこそだ。
私は持っていた手鏡をそっとランに差し出す。
「綺麗」
呟くランに私は大きく頷く。
「ありがとう」
そう言って微かにほほ笑んだランに私は大きく目を見開く。
初めて見たランの笑顔は朝露に濡れた露草のように瑞々しくて、マダムがどうしてあの花を選んだのかがわかった気がした。
「そうだ。これ」
マダムのことを思いだして、すっかり忘れていたブレスレットを取り出す。
「……これは?」
首を傾げるランにこれまでの経緯を話す。
「……いいの?」
「うん。マダムもランに使ってもらえって。ほら、イヤーフックとまるでセットみたいでしょ?」
「ありがとう……嬉しい」
ブレスレットを受け取るランは少し涙ぐんでいて、私もついウルッと来てしまった。
***
数か月後の朝早く。開店準備をしていると宝飾店の前に立派な馬車が止まった。
何事かと店から出たマダムと私は、馬車から出てきた人を見て息を飲んだ。
そこに立っていたのは、艶やかな長い黒髪をアップにまとめ、純白のチャイナドレスに身を包んだランだった。チャイナドレスにはランの目と同じ紺色の鳳凰が、豪奢な金糸の刺繍を施されて描かれている。そして、ランの右耳と腕にはカイヤナイトとアクアマリンのイヤーフックとブレスレットが輝いている。
普段は年相応の幼さの残るランが、ぐっと大人っぽく華やかになって、女の私でも見惚れてしまうくらいだ。
「……今日、パーティー……2人に見せたかった……」
ガクッ。
口を開いたらいつものランで、マダムも私も思わずずっこける。
「ラン、わざわざありがとう! 綺麗だよ!」
「いいじゃないか。これならパーティーでも主役間違いないだよ。楽しんでおいで」
「……ありがとう……行ってくる」
口々に褒める私たちを見てランは顔を赤くして俯くけれど、どこか嬉しそうだった。
ランを見送り、開店準備に戻る。
「何をにやにやしてるんだい。早くしないと間に合わないよ」
しまった。にやにやしていたらしい。
「は~い」
ランが気に入ってくれて本当によかった。
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