宝飾師の弟子。魔力ゼロのぽんこつOLは、植物から宝石ができる世界で修業中。

第22話 即行動はいいけれど時間は考えよう【後編】

「うわぁ、これはやっちまいましたね」

　開店準備を終えたリシア君にランのイヤリングを見せると、セレスタたちと同じように彼も顔をしかめた。

「これ、どうやって直すんすか？」

　イヤリングから顔を上げて私を見つめるリシア君に私は首を振る。

「いや、直すのは無理だと思う。だからね」

　私はマダムに見せたメモをリシア君にも見せて、イヤーフックについて説明する。

「なるほどねぇ。ホタルさん、やっぱり面白いわ」

　メモ用紙を見たまま、リシア君が感心したように言う。その姿にちくりと胸が痛む。

　マダムに言われたときも思ったけれど、別に私のアイディアじゃないんだよね。とは言え、元の世界のアクセサリーだと言うわけにもいかないし。ちょっと、いや、かなり後ろめたい。

「チェーンと宝石はイヤリングのを使うんすよね。ということは耳に掛けるこの部分を作りたいと」

　そんな私に気が付くはずもなく。リシア君はメモとイヤリングを見比べながら、うんうん、とうなずく。さすが王国一の道具屋。話が早い。

「これ、銀っすね。そっかぁ」

「あっ、もしかして、銀も宝飾合成しないとできないの？」

　顔をしかめたリシア君を見て思わずたずねると、一瞬驚いた顔をした後でリシア君が笑って首を振った。

「銀だけなら宝飾合成しなくても大丈夫っすよ。ただ、うちではあまり扱わないから、在庫してないんす。まぁ、このくらいなら知り合いに頼めばすぐ手に入るから、問題ないっす」

「そうなんだ。ちなみに銀って主に何に使われるの？」

「う～ん、やっぱり杖っすかね。あとは教会で使う儀式用の剣とか」

　さらりとリシア君の口から出た言葉に私は恐る恐るたずねる。

「あの、杖って、もしかして魔法使い的な？」

「はい。それ以外にあるんすか？」

　キョトンとした顔のリシア君を見て、私はちょっと感動してしまった。

　やっぱりいるのね。魔法使い。うわぁ、会ってみたい。見た目は白髭のおじいさんかな？　それとも、鷲鼻のおばあさん？　意外なところで、ちょっと生意気な女の子とか？

「ホタルさん、どうしたんすか？」

「あっ、ごめん。もう１つ聞いてもいい？」

「いいっすよ」

「銀がたくさん必要な時ってどうするの？」

「う～ん。さっき言ったとおり、俺はあまり使わないからないっすけど、たくさん使うなら、銀山のドワーフと契約しておいて仕入れる感じっすね」

　きた！　ドワーフ！　こっちも会ってみたい！

　やっぱり小人だよね。でも、ノームさんほど小さくはないのかな？　ちょっとずんぐりした頑固おやじな感じとか？　やっぱりこの世界、ファンタジーだわ！

　リシア君の回答に心の中で勝手に盛り上がったところで、ふと気づく。

「えっ？　仕入れ？　お金払うの？」

　私の言葉にリシア君が目を丸くする。

「そりゃ、払いますよ。当たり前じゃないっすか。って、えっ？　ホタルさん？　どうしたんすか？」

　急にカウンターに突っ伏した私をリシア君が心配そうにのぞき込む。

「しまったぁ。払ってない～」

「えっ？　何が？」

「噓でしょ。私、全然気づかなかったよぉ。うわ～、どうしよう。そりゃそうだよね。最悪だぁ」

「ちょっ、ちょっと待って。落ち着いて。ホタルさん、説明して」

　目の前で頭を抱えだした私に、リシア君が落ち着けと声をかけてくれる。

「あのね」

　そんなリシア君にノームさんから露草をもらったのにお金を払っていないことを話す。

　はぁ、情けない。いい年した大人なのに、なんで私ってこんななんだろう。

　宝飾合成はできないし、知らないことばっかりだし、早朝に突撃するし、お代は忘れるし。

　あぁ、結局、元の世界でもこの世界でもダメダメだ。やばい、なんだか泣けてきた。

「なんだ。そんなことっすか」

　自己嫌悪でカウンターに突っ伏す私を見て、リシア君が笑う。

「大丈夫っすよ。お代を言われなかったなら、きっとはじめましてのサービスっすよ」

「でも、そんな」

「露草一輪でしょ。そんなに大した額じゃないだろうし。でも、気になるなら、後でお菓子でも持ってお礼にいけば喜ぶと思うっすよ」

「そうかな」

　リシア君の言葉を聞いて恐る恐る顔を上げる。

「ノームさんならゴシェさんの木の実クッキーが好物っすよ」

「えっ？　あそこってパン屋さんじゃないの？」

「パン屋さんだけど、クッキーとかタルトとかもあるっすよ。人気だからすぐ売り切れちゃうんすけどね」

「そうなんだ。うん。ありがとう。後でお礼に行ってみる」

　そう言うとリシア君も、それがいいっす、と笑ってくれた。

　はぁ、もっとしっかりしないとな。

「それじゃ、銀は知り合いに頼むとして、並行して試作品を作るっすね」

「はい、お願いします」

「耳にかけるってことは、本人の耳で型をとった方がいいんすかね？」

　もう一度メモに目を落としつつ、リシア君が私にたずねる。

「う～ん。そこまで厳密じゃなくていいと思う。微調整なら私でもできるしね」

「了解っす。あっ、でも」

　そこまで言ってリシア君が口籠る。

「ん？　何？」

　そんなリシア君を見て首を傾げると、目を逸らされた。

　えっ？　何？　どうした？

　２人の間に奇妙な沈黙が流れること数秒。意を決したようにリシア君が私を見る。

「あの、ホタルさんの耳、測らせてもらってもいいっすか？」

「へっ？　いいよ。でも、なんで？」

　びっくりした。急に黙り込むから何か問題があるのかと思ったじゃん。

　でも、私の耳？　なんで？　別に構わないけれどさ。

　首を傾げる私にリシア君が目の前でブンブンと手を振る。

「いや！　やましいこととか考えてないっすよ！　マジで！　そういうんじゃないっす！　俺の耳じゃさすがにデカいし、うち、俺しかいないから、女の人の耳の大きさってわかんなくって。だから」

「えっ、あぁ、そっか。ごめん。そうだよね」

　そうだ。リシア君、ご家族を亡くされてるんだった。私ってば、なんて無神経なことを。

　あれ？　でも、耳の大きさってそんなに違うもの？　いや、私も男性の耳なんてまじまじとみたことないけれど。

　なんて考えていた私の沈黙をどう捉えたのか。リシア君が慌てて首を横に振る。

「いや、やっぱり大丈夫っす。そうっすよね。嫌っすよね」

「いやいや、いいよ。私の耳なんかでよければいくらでも。っていうか、こっちがお願いしているんだし、嫌とか言わないよ」

　あまりの慌てぶりに、こっちまで慌ててしまう。

「うぇっ」

「えっ、それ、どんな反応？」

　そんな私に変な声をあげてリシア君が固まる。その反応に思わず苦笑してしまう。

「えっと、では、失礼します」

　でも、ぎこちなく私の耳に手を伸ばすリシア君に、なんだかこっちまで緊張してきてしまった。

「……ありがとうございます」

「……こちらこそ、どういたしまして」

　必要なサイズは測り終えたらしいリシア君にお礼を言われ、私も答えたものの、なんだこの会話？

「えっと、じゃあ、試作品ができたら、またマダムの店に持っていくっすね」

「うん。お願いします」

　気を取り直したように言うリシア君に今度こそきちんと私も頭を下げる。

「あっ、模様とかつけますか？　アクセサリーなんすよね？」

「えっ」

　そう言えばと付け加えられた言葉に、我が家のちびヤットコ達を思い出し凍り付く。

　リシア君の腕はいい。お世辞抜きにいい。きっとイヤーフックもきちんと作ってくれると信じている。でも、デザインのセンスは、ちょっと。

「あっ、いや、耳で隠れてしまう部分だから模様はいらない、かなぁ」

「それもそうっすね。了解っす」

　ぎこちなく答える私に何の疑問も示さず、あっさり納得してくれたリシア君。その姿にひそかに胸をなでおろした。

　数日後、リシア君が持ってきてくれた試作品は予想通り、いや、予想以上に完璧だった。更に数日後、銀で作られたものに、元のイヤリングのチェーンと宝石を組み合わせ、イヤーフックを作る。

「ふふふっ」

　屋根裏の自分の部屋で、完成したイヤーフックを見て一人でにやにやする。

　我ながらいい物ができた。ラン、気に入ってくれるといいなぁ。