第21話 即行動はいいけれど時間は考えよう【前編】
「イヤーフック? なんだい、それは?」
翌朝、朝ごはんもそこそこにマダムに確認すると、やっぱり知らなかった。ヤットコのときと同じようにメモ用紙に絵を描いて説明する。
「へぇ~。考えたね。確かにこれなら、今あるイヤリングの宝石だけで十分だ」
私の説明を聞いてマダムは感心の声をあげる。
心配していた、パーティーにそぐわないのでは? という点も問題なかった。
イヤリングをつけなければいけないという決まりはないし、お祭りの要素も強いパーティーだそうで、ある程度のはっちゃけた恰好もありとのことだった。
「逆に少しくらい物珍しい方がみんなの目を引いていいかもね。とはいえ、うちのアクセサリーとして出すんだ。物珍しいだけじゃ困るよ。しっかりしたものを創っておくれ」
ホッとしたのも束の間、マダムにしっかり釘を刺されてしまった。
「ところで、チェーンはイヤリングのものを使うつもりなんだろうけど、この耳にかける部分はどうするんだい? 私の宝飾合成じゃ、創れないよ」
「えっ? そうなんですか?」
マダムやノームさんの話を聞いて、修理の材料を宝飾合成で創るのはやめようと決めていたから、問題はなかったのだけれど、創れないと聞いて思わずマダムにたずねてしまった。
「宝飾合成は自分の知らないアクセサリーはできないんだ。実物を見ていないから、おそらく無理だね」
「なるほど。確かに知らないものは創れませんよね」
言われてみればもっともな話だ。
「で? どうするつもりだい?」
「リシア君に相談してみようかと。この前行ったときにネジやバネといったパーツも置いているみたいだったので」
「うちは大工じゃないんだけどね」
「ダメでしょうか?」
恐る恐るたずねる私にマダムが苦笑する。
「構わないよ。今日の店番はいいから行っておいで」
「いいんですか?」
その言葉に思わず食いつく。
宝飾店が終わってから行くとかなり遅くなってしまう。だから、店番を代わってもらえないかお願いしようと思っていたのだ。
「いいんですか、も何も。ホタル、あんた、最初からそのつもりだっただろ?」
呆れたように言うマダムにお礼を言って、私は早速、リシア君の道具屋に向かった。
そんな私の背後で、早過ぎやしないかい? と呟くマダムの声には全く気付かずに。
***
「しまった。早過ぎた」
リシア君の道具屋の前で茫然と立ち尽くす。店はまだ閉まっていた。
いや、私、ここへ着く前に気が付こうよ。道すがら誰も歩いてなかったじゃん。
そりゃそうだ。さっき朝ごはんを食べたばかりなんだから。開いているわけないよ。
こんな早朝から突撃してくるお客さんなんて、完全に迷惑だ。
あぁ、こんなことなら、宝飾店の開店準備をしてから来ればよかった。
「あれ? ホタルさん、どうしたんすか?」
しょうがない。一度、宝飾店に戻ろう。
そう思って踵を返した瞬間、背後からリシア君の声がして振り返る。そこには箒と塵取りを持ったリシア君が立っていた。
「あっ、リシア君。いや、相談したいことがあってきたんだけれど、全然、時間考えてなくて。あとでまた来るね」
いや、いい歳して恥ずかしい。
そそくさと立ち去ろうとした私をリシア君が慌てて止める。
「いやいや、なんで帰るんすか。いいっすよ。丁度、店開けるところでしたし、ちょっと開店準備だけしちゃうんで、店の中でも見て待っていてください」
そう言って道具屋のドアを開けたリシア君は、店の前をほうきで掃き始める。その姿に私は、とんでもない、と胸の前で手を振る。
「えっ、いいよ、いいよ。邪魔でしょ。私も開店準備しないで来ちゃったし」
「そうなんすか? だったら尚更、今聞きますよ。すぐ戻らないとまずいんでしょ?」
掃除の手を止めて道具屋に入ろうとするリシア君を慌てて止める。
「あっ、ううん、マダムがいいって言っていたから、急がなくて大丈夫なの。……えっと、それじゃ、お言葉に甘えて、少し待たせてもらってもいいでしょうか?」
「なら、大丈夫っすね。もちろんいいっすよ。ってか、なんで敬語?」
じゃあ、店で待っていてください、とリシア君が笑って答える。
掃除を再開したリシア君を後に、道具屋へお邪魔させてもらう。あまりウロウロするのは失礼かな、と思って店の隅っこで待つ。すぐに戻ってきたリシア君が手慣れた様子で開店準備をしている。
確かリシア君ってまだ18歳だよね。しっかりしているなぁ。なんて考えて、ふと気づいてしまった。
あれ? リシア君って一人でこの道具屋をやっているの? マダムやセレスタたちもリシア君の道具屋って言っているよね? リシア君が店主ってこと? そう言えば店でご両親に会ったことないけれど。
知らぬ間にじっと見てしまっていたらしく、リシア君が私を見て苦笑する。
「そんなにじっと見られたら緊張するっす。あと少しなんで、もうちょっと待ってくださいね」
「あっ、ごめん。そんな、急かすつもりはなかったの。ただ、リシア君、一人でこの道具屋をやっているのかなぁって」
私の言葉にリシア君が、そっか、とうなずく。
「そう言えばホタルさん、タキの町に来たの最近っすもんね。俺、両親を早くに亡くしてるんす。この道具屋はじいちゃんとやってたんすけど、そのじいちゃんもちょっと前に亡くなっちゃって」
あっけらかんと答えるリシア君にこっちが慌てる。
「ごめん。私、なんて無神経なことを」
「いいっすよ。別に隠していることでもないし。でも、だから、ちょっと嬉しかったんすよ」
そう言ってリシア君が手を止めて私を見る。深緑色の目が私に真っすぐ向けられる。
「へっ? 何が?」
急に見つめられて変な声がでる。
「ホタルさん、ちびヤットコ達を届けた時に言ってくれたでしょ。これからも他の道具の相談をすると思うって」
「あっ、うん」
「で、今回、また俺に何か相談にきたんっすよね? こんな朝早くに」
「あっ、それは本当にごめんね」
「いやいや、責めてなくて。それが、嬉しかったんす」
「ん?」
言葉の意味がわからなくて首を傾げる私にリシア君が言葉を続ける。
「じいちゃんから俺に代替わりしたときにね、やっぱり離れちゃうお客さんとかいたんすよ。離れないまでも、じいちゃんと違うって言うお客さん、まじで多くて」
「あぁ、それは」
よくある話だ。仕事で担当が代わった時に前任者の方が良かったって言われる話。前任って大抵は自分よりベテランだからさ。私も元の世界にいた時は何度も言われた。
でも、よくある話だけれど、これが地味に落ち込むんだ。お前は未熟だ、って言われているようなものだからさ。
「よくある話なんすよ。それに確かにじいちゃんは腕のいい道具屋だったし、俺もまだまだだし」
あぁ、リシア君はいい子だな。それで、ひねくれちゃう子もたくさんいるのに。
「だから、俺にまた相談したいって言ってくれて。本当に相談にきてくれて。しかも、こんな朝早くってことは、もしかして俺のこと一番に思い浮かべてくれたのかなって。だから、嬉しかったんす」
そう言って、ちょっと照れたように笑うリシア君は、年相応に幼く見えて。
なるほどそう言うことか、と、私は納得した。
「うん。頼りにしてます」
そう言うと、更に顔を赤くしながら、それでもどや顔でリシア君が言った。
「任せてください! 何でも作ってみせるっす!」
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