第20話 カイヤナイトのブレスレット
店に戻るとマダムが朝ごはんを用意しておいてくれた。
温かいコーンスープにほうっとため息が零れる。朝露に煌めく露草は本当に綺麗だったけれど、さすがに寒かったからね。
仕事に戻ると言うセレスタにも渡しておいた。飲んでくれているといいのだけれど。
持ち帰った露草を見せながら、領主様のお庭での出来事を報告する。
無断で露草を摘もうとした話をしたときには、マダムの眉間に一瞬皺がよったけれど、結局何も言われなかった。
「綺麗じゃないか。ランの目と同じ色だ。朝ごはんが終わったら早速宝飾合成してみるかね」
マダムの言葉に私は急いで朝ごはんを食べて、二階の作業場に向かったのだった。
マダムは保存瓶から露草を取り出すと作業台の緑の石板の上に丁寧に置く。そして両手をかざして静かに目を閉じると、露草が白い光に包まれていく。
マダムの宝飾店で働かせてもらうようになってから、宝飾合成は何度となく見せてもらってきたけれど、この瞬間はいつ見てもドキドキする。
植物がアクセサリーに変わる瞬間。どんな宝石が生まれるのか? どんなアクセサリーになるのか?
私にもできたらいいのになぁ。って無理な話だけれどさ。
そうこうしているうちに徐々に光が収まり、アクセサリーが姿を現す。
「わぁ」
一目見て、その美しさに思わずため息が零れた。
現れたのはカイヤナイトとアクアマリンのブレスレット。
スクエアカットのカイヤナイトは予想した通り、ランの目と同じ深い紺色だ。二重になったシルバーのチェーンはキラキラと輝き、シズク型のアクアマリンがシャラリと揺れている。
まるでランのイヤリングとセットで創られたかのようなブレスレットだった。
「おや、イヤリングとセットみたいじゃないか。同じ植物を使ったとはいえ珍しい」
マダムも同じことを思ったようで、できたブレスレットを見て驚きの声をあげる。
「これならイヤリングの修理に使えそうだね」
そう言ってマダムが私にブレスレットを渡す。
けれど、私は何も言えずにいた。
「どうしたんだい? 宝石の大きさも丁度いいし、問題ないだろ?」
そう。問題ない。
シズク型のアクアマリンはまさに同じ形だし、メインのカイヤナイトも欠けたイヤリングの石とぴったりだ。
うん、ぴったりなんだけれど。
『命をもらって創っているんだよ。どれ1つ、おろそかにはできないんだ』
『ホタルが手を伸ばしたその露草は生きておる』
マダムとノームさんの言葉が頭によぎった。
「あの、ちょっと、待ってもらえますか?」
気が付いたらブレスレットを握り締めたまま、私はマダムにそう言っていた。
「どうしたんだい?」
「まだ時間ありますよね? お願いします! 私に少し時間をください!」
怪訝そうな顔をするマダムに私は頭を下げた。
「確かにパーティーまでまだ時間はあるし、私は構わないけど」
「ありがとうございます!」
私は作業場にあったアクセサリーケースへブレスレットをそっとしまい、とりあえず壊れたイヤリングと一緒に預からせてもらうことにした。
そして、いつも通り店番を始めたものの。
「な~んにも思いつかん」
壊れたイヤリングを見つめながら、私は朝から何度目かわからないため息をつく。
とりあえず時間をもらったはいいものの、どうしたらいいか全く思いつかない。
何度見たって、割れたカイヤナイトはくっつかないし、足りないアクアマリンは無いままだ。無い物は諦めてアシメントリーなイヤリングにすることも考えたけれど、メインの石がないままじゃ、バランスが悪すぎる。
「無いわ~」
今度はブレスレットを眺めてみるものの、ここから宝石を外すのは、やっぱり無しにしたい。
こんなに綺麗で、イヤリングとセットみたいに出来上がったのに、それは無い。
「どうしろって言うのさぁ」
愚痴ったところで、マダムは作業場で宝飾合成中。誰もいないお店に私の声が空しく吸い込まれていく。
結局、何も思いつかないままその日が終わり、今は夜ごはんも終わってベッドの中。
そうそう、マダムの宝飾店に居候しているのだけれど、私の部屋は屋根裏部屋。といっても昔話にあるような埃まみれの部屋じゃないからね。
マダムが子どものときに使っていた部屋だそうで、木製の可愛い机とベッド、鏡台にクローゼットが置かれている。天井に明り取りの窓がついていて、今夜みたいに満月の日は月光が部屋全体を青白く染め上げていく。
月光の差し込むベッドへうつぶせになって、枕元にイヤリングとブレスレットを並べる。
青白い月の光に照らされて2つのアクセサリーが神秘的な煌めきをみせる。
「やっぱり綺麗だよねぇ」
何とかしてブレスレットはそのままにイヤリングを何とかしたい。でも、どう考えても宝石が足りない。
「片耳ならいけそうなんだけれどなぁ」
とはいえ、両耳につける前提で創られたイヤリングだ。これを片耳だけでつけたら、どう見ても片方失くしたようにしか見えない。
ん? 待てよ。
私は壊れたイヤリングと壊れていないイヤリングを交互に眺める。
これって、もしかして。
「イヤーフックだ!」
そうだ。両耳にしようとするから宝石が足りないんだ。いっそ、片耳用にして、その分、豪華なものにしてしまえばいけるかも。
「いや、ちょっと待って」
日々の店番の光景をふと思いだす。確か店に並んでいるアクセサリーの中にイヤーフックはなかったはず。
この世界にイヤーフックってあるの?
そもそも、パーティーって正式な場だよね? イヤリングじゃないといけないとかいう決まりがあったりして。
「う~ん、よし、明日、マダムに確認してみよう」
この世界のことは一人で考えてもわかるはずがない。
とりあえず見つかった解決の糸口に少しホッとして、その日、私は眠りについたのだった。
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