第16話 初めての材料採取【前編】

「ホタルさん、大丈夫? 寒くない?」

「うん、大丈夫。ごめんね、付き合ってもらっちゃって」

「いえいえ、気にしないで」

 

 広い草原でセレスタと二人きり、並んで夜明けを待つ。

 空には星が瞬いている。確かに寒いけれど、綺麗だなぁ。ってなんでこんなことになっているかと言えば、話は昨日の夜ごはんに戻る。


「じゃあ、今夜は早く休むんだね」

「えっ? なんで?」

 

 ランのイヤリングを修理すべく、もう一度宝飾合成をしてくれることになった矢先。マダムから言われた言葉に私は首を傾げる。宝飾合成をするのはマダムであって私ではない。そもそも宝飾合成って睡眠時間と何か関係あるの? そんな話、マダムから聞いたことなかったけれど。

 私の疑問にマダムがさらりと言葉を続けた。

 

「言っただろ。ランのイヤリングは特別製なんだ。材料ももちろん特別でね。朝露のついた露草が必要なんだよ。この時期なら4時くらいには行かないと無理だろうよ」


 早っ! 4時って。まぁ、でも仕方ない。言い出したのは私だ。それに。

 

「やっぱり、露草だったんですね。イヤリングを見た時に露草かなって思ったんです」

 

 自分の予想が当たってちょっと嬉しくなる。


「わかりました。早起きします。それで場所はどこなんですか?」


 決意に満ちた声で答えた私とは裏腹にセレスタがげんなりとした顔で口を挟む。

 

「ホタルさん、タキの町の外れ露草の群生地として有名な草原があるんだ」

「そうなの? 場所教えてもらっていい?」

「……ホタルさんも良く知ってる場所だよ」


 ん? 私が知っている? いや、この世界で私が知っている場所なんてほとんどないぞ。

 全然思いつかない私に、セレスタと同じくらいげんなりした顔で今度はジェードが答える。

 

「領主様のお庭だよ。……わかった。俺がついていくよ」

「いや、僕が行くよ。ジェード、明日早番だろ」

「えっ、ちょっと待って。何? どういうこと?」

 

 勝手に話を始めた2人に慌ててたずねる。


「この辺で宝飾合成に使えるくらい綺麗な露草が採れる場所といったら、領主様のお庭くらいしかないのさ」

 

 2人の代わりにマダムが答えてくれるけれど、領主様のお庭って、あそこよね?

 

「あの、領主様のお庭って、私がジェードにボウガンでやられそうになった所よね? そんな所、勝手に入れるの? しかも露草を採ってきたりしたら、それこそ捕まるんじゃ」

「ボウガンでやられそうになった場所ってどんな覚え方だよ」


 慌てる私にジェードが苦笑する。

 

「でも、ホタルさんの言う通りだよ。勝手に入って露草なんて採ろうものなら、速攻で捕まって縛り首だよ」

「だよね。嘘、どうしよう」

 

 セレスタの言葉に血の気が引く。

 私、運動神経皆無なんだけれど。走るのなんて大の苦手。高校生の全盛期でも50メートルを10秒切れなかったのに。相手は馬に乗った警備隊だよね。逃げ切れる気がしないんだけれど。

 いや、でもそんなこと言っている場合じゃない。特訓すれば何とかなるもの?

 

「おい、お前、何考えてんだ?」

「いや、私、走るの苦手なの。馬に勝つには少し練習しないと」


 ふごっ!

 向かいに座るセレスタが急にむせだす。


「ちょっと、大丈夫? どうしたの?」


 慌てて水の入ったコップを渡す私に、セレスタが受け取りながら首を横に振る。


「ありがとう。いや、ホタルさん、馬に勝つってどういうことさ。しかも、少し練習って……ふふふっ」

「ホタル、人が馬に勝てるわけがないだろう。というか、なんで馬に勝とうとするんだ」


 コップを持ったまま震えるセレスタの隣で、ジェードが呆れた顔で続ける。

 

「だから、俺たちがついて行くって言っているんだ。不審者ではないことを保障できれば、露草を1、2本もらうくらいは問題ないからな」

「あっ、そうなんだ」


 いや、それならそうと早く言ってよ。心配して損した。というか。


「いや、ホタルさん、馬に勝つって。……待って、おなか痛い。息できない」

「うるさい!」


 さっきからずっと笑い転げているセレスタを睨みつける。こっちは真剣だっていうのに失礼な話だ。

 

「ごめんって。……あっ、そう言えばおばさん……ゴフッ」


 一瞬の閃光が煌めいて、セレスタが秒で部屋の隅へと飛んでいった。

 ざまぁみろ。人の本気を笑うから天罰がくだったのさ。って、天罰じゃなくてマダムの一撃だけれどね。しかも、理由は別だし。

 この世界にきてからもう何度目? 見慣れた光景にため息をつく。いい加減、学びなよね。


「マダムはどうやって露草を手に入れたんだ? 俺もセレスタも頼まれた覚えないが」

 

 私以上に慣れっこなのだろう。飛んで行ったセレスタを無視してジェードがマダムにたずねる。

 

「私が領主様の庭に入るのに誰の許可がいるって言うんだい?」

「……失礼しました」

 

 にやりと笑うマダムにジェードがさっと目を逸らす。


 「そっか、おばさん……フゴッ」


 シレッと復活したセレスタが何か言おうとした瞬間、また銀色の閃光がセレスタを遠くへと誘った。というか、えっ? 何? マダムって何者? そして、学べ! セレスタ!


「そういうわけで、ホタル、一等綺麗な露草を採ってくるんだよ。セレスタもそんな所でぼーっとしてないで、ちゃんとホタルを案内するんだよ」

「はい。セレスタ、ごめん。よろしくね」

 

 私はマダムに返事をし、部屋の隅で真っ白に燃え尽きているセレスタにも一応頭を下げた。

 えぇっと、セレスタ、生きてるよね?

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