第2章 修理屋、始めました
第14話 カイヤナイトのイヤリング【前編】
その日、少女が持ってきたアクセサリーを見たマダムと私は言葉を失った。
それは大粒のカイヤナイトをメインにしたシャンデリア型のイヤリングだった。サイドにシズク型のアクアマリンが揺れる華やかなもので、カイヤナイトの深い青と朝露のようなアクアマリンが美しい。
マダムが数ヶ月前に少女のために創ったものだそうだ。ということは植物が材料。これは露草かな。……なんて考えている場合じゃない。
この世界では宝飾合成されたアクセサリーを再度合成することはできない。つまり、このアクセサリーはマダムの宝飾店に持ち込まれたのではなく、修理のご依頼、私あての仕事だ。
でも、イヤリングは片方が見るも無残な状態になってしまっていた。
カイヤナイトという石は、よく見ると竹のように縦に筋が入っている。この筋に光が反射することで、カイヤナイト特有の銀色がかった深い青に見えるのだけれど、その分、縦方向の衝撃に弱い。
このイヤリングも落とすか、何か鋭利なものがぶつかるかしたのだろう、メインのカイヤナイトが真っ二つに割れていた。さらにアクアマリンも一つ千切れてなくなっている。
「ラン、これはあんたのパーティー用にって、ご両親が私に頼んだものじゃないか。なんでこんなことに?」
少女の名前はラン。
腰に届くほどの黒髪は艶やかなストレート。透けるように白い肌に紺色の切れ長の目が涼やかだ。
小柄でまだ幼さの残る顔立ちはしているものの、やっぱり美形。まるでお人形みたい。
15歳になるランさんは、今年、日本で言う中学校を卒業するそうだ。シラーデン王国では中学校までが義務教育。それが終わると晴れて大人の仲間入りということで、領主様のお城でお祝いのパーティーが開かれるそうだ。
元の世界でいうところの成人式みたいなものみたいね。
そのパーティーのためにご両親が用意したのアクセサリー。それが、このイヤリングというわけだ。
「……モルガ……直す……聞いた……お願い」
マダムをじっと見つめた後、ポツリとそう言うとランさんは黙って俯いてしまった。
えっ? それだけ? 状況が全然わからないんですが。
でも、それ以上、ランさんの口からは何も語られず、三人の間に気まずい沈黙が流れる。
「モルガに聞いたのかい? でも直すっていったって、メインの石は割れちまってるし、他の石も足りないしねぇ。ホタル、これでも直せるものかい?」
マダムに言われた私は首を振る。
さすがに割れてしまった石はどうしようもない。アクアマリンに至ってはそもそもなくなってしまっているので修理以前の問題だ。
「……ドレス探し……落ちた……踏んだ……困る……悲しむ……お願い」
私たちのやり取りを見ていたランさんが再び口を開く。おっ、今度は単語の数が多い。
「パーティーのドレス探しのためにこのイヤリングを持っていったら、落ちてしまって、さらに踏んでしまった、ということですか?」
語られた単語を頼りに、なんとか想像してみると、ランさんがコクリとうなずく。どうやら当たりみたいだ。
「……慌てた……パパ、ママ、知らない」
「イヤリングが落ちて慌ててしまった、と。そして、このことをご両親はまだ知らない、と」
そんな私の言葉にランさんは紺色の目を微かに見開く。そしてその通りと言いたげに大きくうなずいた。
なんだか連想ゲームみたいね。これ。
「参ったね」
「パーティーっていつなんです?」
ため息をつくマダムに聞いてみると、パーティーまではまだ時間があるとのことだった。
ランさん曰く、ドレスも無事に選び終わっているので、イヤリングが必要なのはパーティー当日だけとのこと。
「残念ですが、直すのは難しいです」
私の言葉にランさんが項垂れる。
「でも、何かできないか考えてみます。少しお預かりしてもいいですか?」
「……もちろん!」
ハッと顔を上げたランさんはそう言うとブンブンと頭を縦に振った。
「大丈夫なのかい?」
「なんとも言えません。ランさん、それでもいいですか?」
「……ランでいい……お願い」
そう言ってランさんはまた大きく頭を縦に振った。
それを見て、私もうなずく。ご両親からの成人祝いの大切なイヤリングだ。なんとかしたい。
「わかりました。では、ご両親がご用意した大切なイヤリング。修理を承らせていただきます」
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