第13話 三種の神器を手に入れました

 宝飾店に戻った私は、モルガさんがすごく喜んでくれたこと、修理代を後でもう一度伝えにいかないといけないことを伝えた。


「それと、マダム、ちょっといいですか?」

 

 お客さんがいないことを確認して話を続ける。

 

「なんだい?」

「お店が終わった後にアルバイトをしたいんです。今日の道具代とか家賃とか」


 私の言葉にマダムが、なんだそんなことか、と笑う。

 

「道具代なら構わないよ。店番してくれれば家賃はいらないし、少しだけど給料ももちろんだすよ」


 そんなマダムの言葉に慌てて首を振る。

 

「ダメです。置いてもらっているだけでもありがたいのにお給料なんてもらえません。宝飾合成だって私できないし」


 マダムには申し訳ないけれど、この世界の人間ではない私が宝飾合成をできるようになることはない。それなのにそんな図々しい真似はできない。

 そんなこと知る由もないマダムは、私の言葉に、でもねぇ、と難しい顔をしている。


「そうは言っても、店が終わった後って言ったら飲み屋くらいしかないけど、未成年は雇っちゃくれないよ。あとは魔鉱石の魔力込めでもやるかい?」

 

 うぅ、魔力込めは無理です。って、未成年は無理って言った? そうか、マダムもそう思っていたのね。

 とっくに成人していることを伝えるとマダムがびっくりした顔になる。

 

「ホタルが30歳とはねぇ」


 まじまじと私を見てマダムが呟く。

 いや、ジェードやリシア君もそうだったけれど、そんなに若く見えます? 元の世界ではそんなことなかったんだけれど。

 ここまで驚かれると嬉しいを通り越して、頼りなく見えているだけでは? と少し不安になってくる。

 

「いや、でもねぇ」


 なぜか難しい顔をしたままのマダム。年齢以外に何か問題があるのだろうか? そう思って次の言葉を待つけれど、マダムは口籠ったまま。

 珍しい、なんでもはっきり言うマダムなのに。

 首を傾げる私をみて、マダムが嫌そうな顔をして口を開く。

 

「私はホタルみたいなのもいいと思うよ。素朴でね。ただ、ほら、飲み屋ってのはおっさんが多いからさ」

 

 なおも言いづらそうなマダムをみて察した。

 そうだ、この世界美形揃いだな、って思っていたじゃないか。飲み屋だもんね。そう言うお店ってことじゃないんだろうけれど、店員さんは可愛い方がいいに決まっている。

 う~ん。容姿はどうにもならん。この世界、コンビニはさすがにないよねぇ。さて、どうしよう。


「ホタル、そういや、修理代って言っていたね」

「えっ? あぁ、はい。お店が終わったら伝えに行ってきます。いくらですか?」

 

 急に話が変わるから何かと思った。

 

「あんたが決めていいよ」

「はい?」

 

 言葉の意味が分からずポカンとした顔をする私にマダムがこたえる。

 

「だから、修理代。ホタルが決めな。それと、これからも修理代はあんたの取り分にしていいよ」

「えっ? どういうことですか?」


 キョトンとしたままの私にマダムが続ける。

 

「私の創るアクセサリーは材料が植物だからどうしても華奢になっちまうって話はしただろ? モルガ以外にも壊しちまったって話はよくあるんだ。修理できるっていったらきっと喜ぶよ」

「いいんですか?」


 降ってわいたような話に思わず聞き返す。そんな私にマダムがうなずく。

 

「あぁ、いいよ。後で店に張り紙でもしておきな。みんなアクセサリーが修理できるなんて思いもしないだろうからね」

「ありがとうございます!」


 早速店の入り口に、アクセサリーの修理承ります、の張り紙をさせてもらう。白い紙にペンで書いただけのそっけない張り紙は、ちょっとお店の雰囲気にはそぐわない。

  

 余裕ができたら、もう少し見栄えのよい看板を作るからね。


 こうして、私は異世界でアクセサリーの修理屋を始めることになったのだった。


 ***

 修理屋を始めて1ヶ月。

 マダムの言っていたとおり、アクセサリーを壊してしまう人ってそれなりいて、修理の依頼もぽつぽつもらえるようになっていた。

 

 まぁ、修理屋と言っても、私は素人。できるのはチェーンの修理や外れた石を留めることくらいなんだけれどね。

 

 それでも無事に道具代をマダムに返すことはできたし、服や生活に必要なものも最低限用意することができた。

 

 看板も、大工さんから木っ端を分けてもらって、可愛いものに作り変えることができたしね。

 

 

とはいえ一人暮らしできるほどの稼ぎはなくて、相変わらずマダムの宝飾店で居候させてもらっている。それに、自分がこの世界の人間ではないことを言い出せなくて、結局、宝飾師の修行もしたままだ。


 そんなある日。


「ホタルさん、いるっすか?」

 

 リシア君が店にやってきた。

 他にお客さんがいないことを確認するとリシア君は手に持った包みをカウンターにガチャリと置く。


「いらっしゃいませ。これは?」

 

 どう見てもアクセサリーが入っているようには見えない包みを見てたずねると、リシア君はどや顔で包みを開く。

 

「見てください。ちびヤットコ一号、二号とちびニッパーっす!」

 

 そこには以前にお願いした平ヤットコ、丸ヤットコ、ニッパーが並んでいた。


「すごい! 本当に作れちゃったんだね」


 修理屋の仕事も増えてきたし、そろそろ代用品では作業がしんどくなってきたところだった私は歓声をあげてしまった。

 そんな私にリシア君がチッチッと指を振る。

 

「まだこれは試作品っす。ホタルさんのイメージしていたものと、ずれがないか一度見てもらおうと思って」

「えっ、これで試作品? イメージどおり! っていうかこれで十分だよ」

 

 リシア君に了解をもらって試作品を手に取ってみる。

 平ヤットコはちゃんと先が平面になっていて、これならチェーンや丸カンにギザギザがつくこともないし、丸ヤットコは片方ずつ丸の細さがちゃんと違っている。ニッパーも薄くて切れ味良さそう。

 私の適当なメモ書きから作られたとは思えないクオリティーに感嘆の声がもれる。


「よかったっす。じゃあ、これで作ってみていいっすか? 値段はこのくらいっす」

 

 そう言って、リシア君の示した金額にびっくりする。この前買ったペンチとかとほとんど変わらない。

 

「これ、全部手作りなんでしょ? しかもオリジナルの。ダメだよ。こんな値段。マダムのお陰で修理屋もやらせてもらえることになったから大丈夫。ちゃんと言って」

 

 慌てる私にリシア君が笑う。

 

「大丈夫っす。言ったでしょ。小さくするだけだから、そこまで大変じゃないんす。3つあったから、ちょっと時間かかっちゃいましたけどね」

「本当に? きっとリシア君にはこれからも他の道具の相談をすると思うの。だからおまけとかしなくていいよ」

 

 アクセサリーの修理なんて、この世界では聞いたことがなかったはずなのに、このクオリティ。しかもたった1ヶ月で3つも作るなんて、セレスタたちの言うとおりリシア君の腕はすごい。

 これからも必要な道具ができたときにはぜひ相談にのって欲しい。だからこそ変な気遣いはしないで欲しいんだ。

 そう念押しする私に、リシア君が一瞬びっくりした顔をした後で嬉しそうに笑う。

 

「わかってるっす! 嬉しいっす! 俺、ホタルさんのお願いなら何でも作ってみせるんで、何でも言ってくださいね」

 

 元気よく答えるリシア君に、私もなんだか嬉しくなる。

 

「うん。よろしくお願いします」


 こうして一旦、試作品を持ってリシア君は帰っていったのだけれど。


 数日後、リシア君が持ってきてくれた完成品を前に私は絶句していた。


 いや、作ってくれた道具のクオリティは問題なかった。試作品のときでも十分だったけれど、その時より強度も切れ味も良くなっていた。

 元の世界で私が使っていたものより、ずっと良い道具をリシア君は作ってくれた。でも。

 

「素敵ね」


 なんとか絞り出した声は、微かに震えていた。

 道具としては申し分ない。申し分ないんだけれどさ。


「グリップもかわいい」

 

 まさかのグリップが花柄だった。小花模様とかじゃなくて大輪で色とりどりの花。しかもベースはピンク色。

 

 いやね、別にいいのよ。グリップなんて。人に見せるものでもないしさ。

 でも、私、三十歳だよ。

ピンクの花柄って。


「本当っすか? よかったぁ。女性の好みって俺、わかんなくて。気に入ってもらえて、よかったっす!」

 

 絶対、言えない。

 こんな純真無垢な笑顔を向けられてしまったら、ダサい、なんて。

 

 うん。よく見れば可愛いかも。これはこれで。

 道具としてのクオリティーは素晴らしいし、何よりそんな細かいところまで考えてくれたリシア君の気持ち自体は素直に嬉しい。

 

「うん。ありがとう。大切にする」


 こうして、私は修理屋の三種の神器、最高の平ヤットコ、丸ヤットコ、ニッパーを手に入れたのだった。

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