第11話 リシアの道具屋【後編】
「あるっすよ。ヤットコ」
「えっ? あるの?」
まさかの返事に思わず大きな声がでてしまった。そんな私にリシア君が笑う。
「そりゃあるっすよ。道具屋っすから。ちょっと待っていてくださいっす」
取ってきますね、と店の奥へと引っ込むリシア君。
そうそう、別にリシア君も敬語でなくていいって言ったのだけれど、そうはいかないっす、って彼は敬語になってしまった。
ついでにリシアさんって呼んでいたら、気持ち悪いので呼び捨てで構わないと言われ、でもそれは私が違和感を感じてしまって、結局リシア君に落ち着いた。
セレスタやジェードは全然呼び捨てにできるのだけれど、なんでかねぇ。
まぁ、何はともあれ、ヤットコがあるのはありがたい。やっぱり餅は餅屋だね。
なんて、思っていたのだけれど。
「そっちかぁ」
戻ってきたリシア君の手にあるヤットコを見た私は、膝から崩れ落ちてしまった。
「えっ? どうしたんすか?」
「いや、それもヤットコだけれど。でも、そうじゃないのよ」
「はい?」
リシア君が持ってきてくれたのは確かにヤットコだった。
でも、アクセサリー用ではなく工具の方。それじゃチェーンがつぶれちゃう。
「アクセサリーのチェーンを摘まむような、もっと小さいものが欲しいんだけれど」
マダムに見せたメモをリシア君にも見せてみたものの。
「なんすか、これ? ってか、アクセサリーのチェーンを摘まむ? なんでまた?」
完全に目が点状態のリシア君に何度目かの説明を繰り返す。
「なるほど、アクセサリーを修理っすか。面白いっすね。でも、う〜ん。申し訳ないっすけど、見たことないっす」
「リシアが知らないならこの町にはないな」
申し訳なさそうに答えるリシア君の言葉にジェードが続く。
「ホタルさん、この町でリシアより道具関係に詳しい人はいないよ。というか、リシアが知らないならシラーデン王国内にはないかも」
セレスタの言葉にリシア君が慌てて手を振る。
「そんな、王国内にないかもなんて大袈裟っす。俺の知らない道具もあるかもだし」
「いやいや、道具限定ならリシアの知識は相当なものだよ。王国内でもここにしかないオリジナルの道具とかも多いしね」
「えっ、若いのにすごいんだね」
驚く私にリシア君は更に大きく手を振る。耳が真っ赤でちょっと可愛い。
「少しお店の中を見せてもらっていいかな。代わりになるような道具を探してみたいんだけれど」
「もちろんっす。店の奥にしまっているのもあるんで、よさそうなのがないか俺もみてきますね」
そう言ってまた店の奥に行くリシア君を見送って、私は店内を見て回ることにする。
どちらかというと最初からヤットコはないだろうと思っていたから、それに関してはさほどショックでもないんだよね。
きょろきょろと歩き回れば、大小様々な道具が所狭しと並んでいて、見ているだけで楽しい。
中には知らない道具もたくさんあって、本当なら1つずつ説明を聞いてみたいところだけれど、今日は時間がないので諦める。でも。
「これ、何だろ?」
カウンター脇の1番目立つところに積まれていた物だけは、どうしても気になって思わず声がでてしまった。
「え? 魔鉱石でしょ」
私の呟きにセレスタが驚いたように答える。
「魔鉱石?」
「噓だろ? 魔鉱石を知らないって、どんだけ田舎育ちなんだよ」
ジェードも唖然とした顔で私を見ている。
どうやらすごく初歩的なことを聞いてしまったらしいことに気が付いたものの、後の祭り。2人に珍しいものを見るような目で見られてしまった。
お店の奥から戻ってきたリシア君に説明してもらったのだけれど。
『魔鉱石』
手のひらサイズで、高さは2センチメートルくらい。円柱のそれは、魔力を貯めておく乾電池とかバッテリーの類のものらしい。赤色の魔鉱石には炎、青色は氷、黄色は電気の魔力が込められていて、それぞれコンロ、冷蔵庫、ランプなどにセットして使うそうだ。
生活必需品な上に、消耗品なので購入される頻度も多い。だからカウンター脇に置かれていたというわけだ。
ファンタジーだ。
リシア君の説明を受けての最初の感想はそれだった。
魔法だよ。魔法。
聞けば、この世界の人は力の大小はあれど、みんな何かしらの魔力を持っているそうで、魔鉱石の魔力込めは学生たちの代表的なアルバイトなんだそうだ。
やっぱりねぇ。宝飾合成とか努力すればできるなんておかしな話だと思ったんだよね。ますます私には宝飾合成なんてできるわけなくなってきたけれど、どうしよう。修行、止めるわけにもいかないよねぇ。
なんて考えていたら、何を勘違いされたのか。
「ホタルさん、魔道具が普及していない地域もまだまだあるし、そんなに気にすることないよ」
「悪い、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだ」
「知らないものなんていくらでもあるっすよ。この店にあるものなら、なんでも聞いてくださいっす」
3人に慰められてしまった。
とりあえず3人にお礼を言いつつ、ヤットコの代わり探しを再開する。
結果、小さめのペンチとピンセット、それとちょっと大きめの爪切りを発見したので、その3つを買うことにする。本当はニッパーが欲しかったんだけれど、これまた、太いワイヤーを切るような工具の方しかなかったんだよね。
あのペンダントのチェーンは細かったし、爪切りでもなんとかなるでしょ。
「毎度ありっす。それとさっきの小さいヤットコのメモ、もらってもいいっすか? 少し時間もらえれば作れると思うっす」
「えっ? 本当?」
「リシアは自分でも道具を作っているんだよ。この店のオリジナルの道具も多いって言ったでしょ」
驚く私にセレスタが答える。
「今回は小さくするだけなんでオリジナルって言うほどのものじゃないっすけどね」
「本当? いろいろ作れたりする?」
ちょっと照れたように笑うリシア君に、思わず食い気味で問いかける。
「えっ、あっ、まぁ。ものによるっすけど」
引き気味のリシア君に平ヤットコ、丸ヤットコ、ニッパーを説明する。とりあえずこの3つがあれば修理がかなり楽になる。
真剣な顔で私のメモを見つめるリシア君に、さすがに無理かと諦めかけていたら。
「うん、このくらいなら問題ないっすよ。3つだから少し時間はかかるっすけど」
メモから顔をあげたリシア君が、あっさりと答える。
やった、と言いかけて、はたと思い出す。
「あっ、でも作る前にどのくらいかかるか教えてくれる?」
やばい、私、無一文だった。何かお金稼ぐ方法を考えないと。
そんな私を見て、リシア君が笑う。
「いいっすよ。アクセサリーの修理なんて、なんか面白そうだし、サービスするっす」
その言葉に私ははっきりと首を横に振る。
「ダメ! ちゃんと払う! プロの仕事は安売りしちゃダメだよ!」
これは大切。
元の世界で仕事をしていた時に痛感した。システム作りのように技術を商品にする仕事は、目に見える商品がない分、どうしても軽く見られがちだ。うっかりサービスで対応したら、その後、次々と要望がきて大変、なんてよくある話だった。
リシア君のオリジナルの道具もそう。同じ道具でもそこにはリシア君だけがもつ技術が使われる。そこを安売りすると、後々碌なことにならない。
食い気味で答えてしまった私に、リシア君が一瞬目を丸くした後でフッと笑った。
「わかったっす。見積りができたらマダムの宝飾店に連絡すればいいっすか?」
「うん、よろしくお願いします」
その言葉に私は大きくうなずいた。
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