第9話 リシアの道具屋【前編】

「あれ、ホタルさん、どこ行くの?」


 宝飾店を出てすぐ。セレスタの声がしたので驚いて振り返ったら、制服姿のセレスタとジェードが並んで立っていた。


「セレスタ達こそ、どうしたの? 仕事は?」


 確かセレスタとジェードは領主様の警備隊だと言っていたけれど、今日は非番とか? いやでも制服だから違うよね。じゃあ、なんでこんな所にいるの?


「町の見回りだ。お庭だけを警備しているわけではないからな」


 首を傾げる私にジェードがぶっきらぼうに答える。なるほどね。領主様の警備隊といっても、領主様だけを守っているわけじゃないのね。

 

「って言うのは口実で、本当は、ホタルさんがどうしているかな~って思ってさ。ほら、マダムっていい人だけど、ちょっときついところあるから」

 

 どうやら私を心配して見に来てくれたらしい。

 2人とも警備隊の仕事があるのにありがたい話だ。


「ありがとう。うん、大丈夫。マダムには良くしてもらっているよ」

「おつかいか? ホタル、町のこと良く知らないんじゃないのか?」

「あっ、うん。おつかいって言うか」

 

 私はセレスタとジェードに今回のいきさつをざっくりと説明する。


「そっかぁ、宝飾合成は上手くいかなかったんだ」

「まぁ、マダムが修行しろっていうなら見込みあるんだろ。焦らずがんばれよ」

 

 慰めてくれる二人の言葉が心苦しい。日本人の私には無理なんだよねぇ、なんて、とても言えない。


「それより、すごいこと請け負っちゃったね」

「アクセサリーを直すなんて、そんなことできるのか?」

 

 驚くセレスタとジェードを見て、やっぱりこの世界にはアクセサリーを直すって概念がないんだと実感する。


「多分。これからそのための道具を探しに道具屋へ行くところだったの」

「なるほどな。道具屋ならすぐそこだし、一緒に行ってやるよ」

「いや、悪いよ。2人とも仕事中でしょ? マダムに地図をかいてもらったから大丈夫」

 

 ジェードの言葉は嬉しいけれど、あまり迷惑にはなりたくはない。


「今日は町の見回りだから、ついでってことで大丈夫。それに、知らない町で一人買い物なんて心細いでしょ」

 

 そう言うとセレスタの王子様スマイルが炸裂。本当にマダムの甥なの? って聞きたくなるくらいの愛嬌だわ。


「それに道具屋って言ったらリシアのところだろ」

「あぁ、そっか。リシアのところか。……うん、ホタルさん、一緒に行こう」


 なぜか眉間に皺をよせるジェードの言葉に、セレスタが大きくうなずく。

 

「えっ? 何? なんで? その、リシアさんって何かあるの?」

 

 その態度に急に不安になってくる。マダムが行ってこいと言うくらいだから、変な店ではないと思う。でも、マダムの知り合いってことは。


「もしかしてリシアさんって、超偏屈な頑固おやじなの? 一見さんには道具は売らん、とか、そういう事を言っちゃう系?」

 

 いや、マダムが偏屈だとか言っているわけじゃないのよ。恩人だし、本当にいい人だし。ただ、ちょっと無愛想というか、なんというか。

 類は友を呼ぶ、っていうしさ。

  

 もしそうだとしたら、ついて来てもらった方がありがたい。どうやらセレスタとジェードは知っている人みたいだし。見ず知らず私だけじゃ、マダムの宝飾店の人間だって信じてもらえないかもしれないしね。


「頑固おやじ? リシアが? まさか!」

「お前、本当に想像力豊かだよな」

 

 私の言葉に吹き出した二人を見て、どうやら違ったようだと気が付く。いや、だからって、笑いすぎじゃない? セレスタなんて笑いすぎて泣き出してるし。

 憮然とした私を見て、セレスタがようやく笑いを収める。


「ごめん、ごめん。大丈夫。頑固おやじではないから」

「行ってみりゃわかるよ」

 

 歩き出してからも、リシアが頑固おやじ、と呟いては、ぷっと笑いだすセレスタを尻目に私たちはリシアの店へと向かったのだった。

 

 全く失礼な話だよ。こっちは町の人のことなんて全然知らないのにさ。

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