第8話 モルガナイトのペンダント【後編】

「そうだったんですか」

 

 モルガさんがペンダントを置いて帰った後、マダムから事情を聞いた私は唸り声をあげてしまった。

 

 この世界にはアクセサリーを修理するという発想がなかった。

 理由は簡単。1つの素材に対して一度きりしか宝飾合成はできないからだ。

 出来上がったアクセサリーをさらに宝飾合成することはできない。そして同じ素材を使っても同じアクセサリーができるとは限らない、というか、同じものはまずできない。

 なので、この世界ではアクセサリーは壊れてしまえばそれっきり、まさに一点モノ、というのが常識だった。


「植物を材料にしたアクセサリーはどうしても華奢なものが多くてね。壊れやすいんだけど、こればっかりはどうしようもないからねぇ」

 

 そう言ってマダムはモルガさんのペンダントを眺めて溜め息をついている。

 でも、どうみてもアジャスター近くのチェーンが切れているだけ。シンプルなチェーンだし、これなら私でも直せそうな気がする。

 

「いや、これを直せないのはもったいないですよ。モルガさんも気に入ってみたいですし」


 直しましょうか? と言いかけて、続くマダムの言葉に私はギョッとした。

 

「まぁ、思い出の品だからね。ゴシェがいないくてもこのペンダントがあれば一緒にいる気がするって、モルガはよく言っていたしねぇ」


 ちょっと待って! 何をさらりと言っているの?

 ゴシェさんがどなたか知らないけれど、それって形見ってやつじゃないの?

 

「噓でしょ。すごい大切なものじゃないですか!」

「とはいってもねぇ。まぁ、材料にした花は残っていたはずだから、それで宝飾合成してみるかね。同じものは無理でも、せめてペンダントになるようにやってみるよ」

 

 そう言ってガラス瓶を探し始めるマダムを慌てて止める。

 いやいや、そういう問題じゃない。形見なんでしょ。そんな簡単に諦めちゃダメだって。


「直します! 直してみせますから、ちょっと待って!」

「なんだって?」

 

 ガラス瓶に手を伸ばしたままの姿勢で、灰色の目がジロリと私を睨む。

 うわぁ、マダムの背後にドス黒い後光が見える。絶対、怒ってるよ。これ。

 

「ホタル、できもしないことを言って、ぬか喜びさせるのは酷ってもんだよ」

 

 ですよねぇ。

 アクセサリー作れるとか言ったのに、宝飾合成ができなかったという前科のある私だ。信用ないですよねぇ。でも、これは本当に道具さえあれば簡単に直せる。形見だなんて聞いてしまったら、なおさら諦めるわけにはいかない。


「あの、大丈夫です! 今回は本当です! 私、直したことありますから!」

 

 マダムに信用してもらえるように、精一杯胸を張ってみせたのだけれど……。


 忘れていた。ここは異世界。それも、アクセサリーを修理するという概念のない世界だったんだ。


「えっ? ないんですか? ヤットコ」

「なんだい? それは?」

 

 直してみせます! と意気込んだものの、マダムの返事に目が点になってしまった。

 

 ヤットコがないだって?

 

 ヤットコはアクセサリーで使うパーツを曲げる道具。アクセサリー作りには必須のものだ。もちろん元の世界では私も持っていた。 

 

 でも、考えてみれば当たり前の話だ。この世界のアクセサリー作りって宝飾合成だもんね。ヤットコの出番はない。必要のない道具だからあるわけもない。

 

 とはいえ、道具なしてはどうしようもないし。


「え~っと、こんな感じでワイヤーとかを曲げるものなんですが」


 せめて似たような道具が存在しないかと、近くにあったメモ用紙にヤットコの絵を描いて説明する。でも、残念ながらマダムはピンと来ていない様子。

 

「なんだいそりゃ? ハサミ? ペンチかい?」

「う~ん、ペンチかぁ。このチェーン、メッキじゃなさそうだし、いけるかな」

 

 その言葉に考えていたら、呆れた顔のマダムがさらなる爆弾発言をしてくれた。


「ホタル、うちは宝飾屋だよ。大工や金物屋じゃないんだ。ペンチなんてないよ」

「げっ、ペンチもないの?」

 

 嘘でしょ。本当に何もないのね。

 じゃあ、ハサミかぁ。ハサミならさっき店番している時にカウンターにあったし。でも、できるかなぁ。だったらピンセットの方がましかも。まさかピンセットもなかったりして。いや、そもそもピンセットは強度的に無理か。

 再度どうしたものかと考えていたら、マダムが溜め息をついた。


「道具屋なら近くにあるから行っといで。ペンチは置いているはずだよ」 

「本当ですか! ありがとうございます! あっ、でも店番」

「いいよ。丁度、作業も一区切りついた所だから、行っといで」


 マダムの言葉に早速出かけようとしたら。


「ちょっと待ちな。場所知らないだろ」


 そうでした。昨日きたばかりの異世界。知っているのは領主様のお庭とマダムの宝飾店だけ。しかも領主様のお庭に関しては今となってはどこにあるかわからない。


 さらさらと地図をかいてマダムが渡してくれる。そして、一緒に革製の袋も渡された。


「これは? って、あっ!」


 それが何か気が付いた私は声をあげた。


 この世界に文字どおり着の身着のままで来てしまった私。しかも着ていたのは高校時代の芋ジャージ。

 今着ている服だって、マダムのお古をお借りしていて、完全に無一文状態。


「あの! きちんとお返ししますから! すぐは無理でも必ず」

「あぁ、いいから。さっさと行っといで。早くしないと道具屋も閉まっちまうよ」

「ありがとうございます!」

 

 シッシッ、と面倒くさそうに手を払うマダムに頭を下げて、私は道具屋へ向かったのだった。

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