第7話 モルガナイトのペンダント【前編】

「はぁ。やっぱり何も起きないよねぇ」

 

 翌日、早速店番をいいつけられた私は、お客さんがいないときを見計らっては宝飾合成を試みていた。多分、朝から10回以上はやっているけれど、当然のことながら何も起きない。


 宝飾合成というのは、宝飾師が素材からアクセサリーを創る作業のこと。昨日、作業場でマダムが見せてくれたあれね。

 

 昨日、私が作業場で宝飾合成に失敗した後、マダムは私にシロツメクサと白い石板を貸してくれた。店が暇なときにこれで練習しろと。

 ちなみに白い石板は見習いが使う練習用で、マダムのお古だ。


 驚いたことに宝飾師はこの世界では一般的な職業だった。てっきり特殊能力の類かと思っていたら、それこそ大工やパン屋とかと同じように修行すれば誰でもなれるとのことだった。

 もちろん出来上がるアクセサリーに才能の有無はでるそうで、そういう意味じゃ才能も必要らしいけれど。

 そして素材も植物だけではないそうで、色々なものから宝飾合成が可能だそうだ。一人前の宝飾師になるときに自分の専門が決まるらしい。


 というわけで、私も宝飾師の修行をすることになったのだけれど、さすがに無理だろうな、とは思っている。

 

 確かにこの世界の人たちは努力すればなれるのかもしれないけれど、そもそも私はこの世界の住人じゃない。どう考えたって植物に手をかざすだけでアクセサリーを創るなんて芸当ができるわけない。

 

 じゃあ、なんで練習しているのかって話なんだけれど、マダムの手前、練習しないわけにはいかないっていうのが半分。もう半分は……自分でもよくわからない。


「こんにちはぁ」

 

 そんなこんなでシロツメクサと格闘していた私は、店の入り口から聞こえてきた声に慌てて石板から顔を上げた。

 そこには不安そうな顔をした一人の女性が立っていた。


「いらっしゃいませ」

「あの? あなたは?」

 

 怪訝そうな顔をする彼女に慌てて自己紹介をする。


「あっ、ホタルです。今日からマダムの宝飾店で働かせていただくことになりまして」

「あら、マダム、とうとうお弟子さんをとったんですね。私はモルガ。近所でパン屋をやってます。よろしくお願いしますね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 にっこりと笑うモルガさんに私も頭を下げる。


「ところでマダムは?」

「マダムなら作業場です。呼びますんで、ちょっと待っていてくださいね」

 

 そう言って私はマダムを呼びに二階へ上がった。


 う~ん、それにしても可愛い人だ。

 多分、年齢は私と同い年くらいなんだろうけれど、可愛さが段違いだ。

 小柄ながらも出るところはでて、引っ込むところは引っ込んだナイスバディ。色白小顔で淡くピンクがかった大きな薄茶の目。緩くウェーブした栗色の長髪は毛先にかけて淡いピンク色をしている。


 セレスタもジェードもそうだけれど、この世界、なんか美形が多いよな。マダムもなんだかんだいって美人だし。

 それに比べて私ってば……ってやめよう。容姿はどうにもならん。

 

 なんて余計なことを考えていたら作業場の入り口で突っ立っていたらしく、マダムが灰色の目を冷たくしてこちらを睨んでいた。私が慌ててモルガさんが来ていることを告げると、お客さんを待たせるんじゃないよ、とマダムが作業台を手早く片付ける。そして。


「おや、モルガ、いらっしゃい……って、どうしたんだい? そんな顔して」

「マダム、無理を承知でお願いしたいんだけど」

 

 店に降りてきたマダムがそうたずねると、モルガさんは不安そうな顔のまま手提げからアクセサリーケースを取り出して、そっと店のカウンターに置いた。


「前にゴシェがうちで買っていったものじゃないか。これがどうしたんだい?」

 

 箱だけを見てそう言い当てるマダムに、モルガさんは目を伏せたまま黙って箱を開ける。


「これは」

「あらら」

 

 絶句するマダムの声と、私の軽い声がちぐはぐに重なる。

 

 箱の中にはモルガナイトのペンダントが大切に入れられていた。

 柔らかなピンク色のモルガナイトを花のつぼみに見立てたペンダントトップと華奢なゴールドのチェーンが、可愛らしいモルガさんのイメージにぴったりだ。

 でも、華奢なチェーンが裏目にでたのだろう、アジャスターの部分でプツリと切れてしまっている。


「マダム、お願い。直してもらえないかしら。無理は承知よ。でもゴシェ君から貰った大切なものなの」

 

 泣きそうな顔で言うモルガさんに、マダムは眉間の皺を深くしてペンダントを見つめている。

 

 えっ? チェーンが切れただけでしょ? そんなに深刻な雰囲気になる必要ある?


「これくらいすぐに直りますよね?」

 

 思わずでてしまった私の言葉に2人がバッとこちらを見る。


「えっ? 何、何?」

「直せるの?」

「直すだって?」


 私はまだ全然わかっていなかったのだ。

 この世界の宝飾師のことも、アクセサリーのことも。

 そして、この後、苦労する羽目になることも。

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