第6話 宝飾師ってそういうこと?

「おいで、作業場を案内するよ」


 セレスタとジェードが帰った後、マダムは私を二階に案内してくれた。


「えっ?」

 

 案内された部屋を見て唖然としてしまう。

 部屋の左側には一階の店にもあったガラス張りの陳列棚が置かれていて、アクセサリーがいくつか並んでいる。陳列棚の下側は幅の狭い引き出しになっているので、きっとそこにもアクセサリーが保管されているんだろう。

 ここが作業場ということは、この繊細なアクセサリー達はマダムが作ったものなのだろう。本人のイメージからはちょっと想像がつかないけれど、そんなこと大した問題ではない。


 驚いたのは部屋の右側だ。

 右側の壁には棚一面にガラス瓶が並び、様々な花や木の実、葉っぱが保管されていた。


 それが何? って思うでしょ? でもね。

 植物たちが入っているのはただのガラス瓶ではないの。新鮮なまま、ガラス瓶の中で浮いているのさ。切り花や葉っぱが枯れることなく。

 そんなことありえる? これが1つか2つなら、変わったインテリアだなぁ、くらいで済むかもだけれど、右側の壁にある棚へびっしりと並んでいるんだよ。


「これは一体?」

「宝石の材料だよ。私は主に植物を素材にするんだ。ホタル、あんたは何を使うんだい?」

 

 驚く私にマダムが、何を言っているんだ、と言いたげな顔で答える。

 

「はい? 植物?」

 

 いや、当たり前のようにさらりと言ったけれど、何を言っているの? マダムの言葉に私は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 植物が材料? アクセサリーの材料といったら宝石とか貴金属でしょ? どういうこと?


「あんた、宝飾師なんだろ? 素材がなけりゃ創れないだろうが」

 

 私の様子にマダムが訝し気な表情になる。

 えっ、まずい。 私、すごい怪しまれてない?


「あっ、あの、私は宝石とか貴金属のワイヤーを使ってピアスとか作っていたんですけれど」

 

 しどろもどろになりながらも必死に説明する。


「ピアス? なんだい、それは? 宝石を後から加工する? そんなことができるわけないだろう」


 いや、宝石ってそういうものでしょ? アクセサリーに加工しなきゃ、ただのルース(裸石)だし、それじゃ身に着けられないじゃん。というかピアスが伝わらない? どういうこと?


「……」

「……」


 マダムと私の間に嫌な沈黙が流れる。

 どうにかしなきゃと思うのだけれど、根本から話が合わないから、何をどう説明すればいいかすらわからない。

 

 沈黙を破ったのはマダムの方だった。


「どうやら普通の宝飾師ではないみたいだね」

「みたいですね」

 

 ますます怪訝そうな顔をするマダムをみて、だんだん不安になってくる。どうやらこの世界ではアクセサリーの概念そのものが違うらしい。


「口で説明するより見せた方が早そうだね」


 諦めたようにため息をついたマダムが右側のガラス瓶からオレンジ色の花を取り出す。そして、部屋の正面に据えられた作業台へ向かう。作業台にはまな板くらいの大きさの緑色の石板が置かれていて、マダムはその上に花を置く。


「これはマリーゴールドだよ。これをこうして……」

 

 あっ、花の名前は同じなのね。なんて、ちょっとホッとしていると、マダムは石板の上のマリーゴールドに両手をかざす。するとマリーゴールドがなぜか緑色の光に覆われ始める。


「えっ?」

「静かに!」


 驚きの声を上げた私にマダムの鋭い声がとぶ。

 奇妙な緑色の光がマリーゴールド全体を包み込み、次第に光が収まってくると……。

 

 作業台にマリーゴールドを模した金色のペンダントが現れた!


「噓でしょ!」

 

 思わず作業台に駆け寄ってペンダントを手に取る。

 ベースはゴールド。花びらの部分はシトリンか、トパーズだろうか? 黄金色の綺麗な宝石がはまっている。作業台を見回すけれど、マリーゴールドはどこにもない。

 幻なんかじゃない。今まであったマリーゴールドが消えて、そこにはペンダントが現れていた。

 驚く私にマダムの視線が突き刺さる。その視線に気づいて私は慌ててマダムに言う。


「あの、アクセサリーを作って売っていたっていうのは本当なんです! 信じてください! あっ、さっきの真実の玉! あれで調べてもらっても」

「わかっているよ。あんたは噓をつけるような器用な子じゃないだろうよ。それにうちは嘘ついてまで入り込むような場所でもないしね。それより、とりあえずやってごらん」

 

 そういってマダムは作業台を私に明け渡す。


「素材は……そうだね。このシロツメクサにしよう」


 シロツメクサを手渡され、私は作業台に座る。

 マダムの真似をしてシロツメクサに手を掲げるが……やっぱり何も起きない。

 もしかしたら神様のくれたご都合主義で私にも何か創れたりするんじゃないかと思ったけれど、現実はそんなに甘くない。


「……ごめんなさい。あの、私、本当に何でもしますから、ここに置いてください!」


 怖くてマダムの方を振り返れない私は作業台を見つめたままで頭を下げた。


「別にアクセサリー創りは私一人で十分さ。明日から店番と家の手伝い、頼んだよ」

「いいんですか?」


 驚いて振り返る私にマダムが苦笑いする。


「乗りかかった船だ。それにそのうちできるようになるさ……さぁ、夕ごはんにしよう。明日からこき使ってやるから覚悟しな」

「はい! ありがとうございます!」


 私はマダムに深々と頭を下げた。

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