第3話 銀色の閃光
銀色の閃光
そんな暢気なことを考えていたら、辿り着いたのは小ぢんまりとした一軒の店だった。
「ここは?」
てっきり領主様の御屋敷へ連行されると思っていた私はセレスタを見上げる。
「マダム~、いる~?」
そんな私の声を無視して、馬を降りたセレスタが店の奥に声を掛ける。でも返事はない。
「セレスタのおばさんの店。ここらじゃ1軒きりの宝飾店だよ。あっ、おばさんじゃなくてマダムって呼べよ。さもないと命がねぇぞ」
店の奥をのぞきこむセレスタの代わりにジェードがコソッと私に耳打ちしてくれる。
やっぱりいい子だわ。この子。
「ねぇ、いないの? おばさ~ん! ……フゴッ!」
えっ、今の何?
銀色の閃光が目の前を走る。と店に向かって声をかけていたセレスタが、通りの向こうまで吹っ飛んでいった。驚いて目で追っていたら、背後からやたらと迫力のあるハスキーな声が。
「誰が、おばさん、だ! 誰が!」
振り返れば一人の女性がいた。声の迫力に負けないオーラを漂わせて、腕を組んで仁王立ちしている。
寸分の崩れもなくビシッと結い上げられた銀髪は確かにセレスタにそっくり。大振りのオパールのイヤリングをした顔も王道の整い方で、若い頃は相当な美人だったことがうかがえる。もちろん、今も十分に美人だ。彼女がセレスタのおばさんに違いないとは思う。思うのだけれど。
すらりとした長身に黒いロングワンピースを纏い、灰色の目を細めているその姿は、不機嫌オーラが全開だ。どう見てもセレスタと友好な関係にある人には見えない。それにセレスタが飛んでいった原因は彼女しか考えられないし。
「ねぇ、セレスタとおばさんって仲が」
「馬鹿! 黙れ!」
じろりとこちらを睨む灰色の目にジェードが慌てて私の口をふさぐ。そっか、おばさんって言っちゃダメなんだっけ。
「とうとう人間まで拾ってきたのかい? 馬鹿甥め」
こちらを睨む目は逸らさないまま、セレスタのおばさん、じゃなくて、マダムが通りの向こうに転がるセレスタへ声を掛ける。
馬鹿甥って何? 馬鹿息子の派生形? というか、その細身で大の男を吹っ飛ばすってどういうこと? どんだけの腕力なの? さっきのセレスタもそうだけれど、銀髪には怖い人しかいないの? 勘弁してよ。
「ひどいなぁ。彼女はホタルさん。ホタルさん、叔母のオパールです。みんなからはマダムって呼ばれているんだ」
何事もなかったかのように通りの反対側から戻ってきたセレスタが、マダムに私を紹介し私にもマダムを紹介してくれる。その間も彼女の目は私をロックオンしたままだ。
いや、セレスタ、あんたメンタル最強かよ。どう考えても、にこやかにお話できる状況ではないでしょうよ。
「帰んな。厄介ごとはごめんだよ」
ですよねぇ。
想像どおりのお返事に私は心の中でうなずく。とてもじゃないが歓迎ムードとは言えないし、さっさと立ち去るしかないでしょ。そう思って私は馬へ向かおうとしたのだけれど。
「ねぇ、ホタルさんをマダムのところで預かってくれない?」
ピシッ!
この日、私は額に青筋が立つ音を始めて聞いた。仁王立ちのマダムからは不機嫌オーラどころか、殺気すら漂い始めている。
「同じことを二度もいわせるんじゃないよ」
おっしゃるとおりですよねぇ。
私は心の中で盛大にうなずきながら、今度こそ、そそくさとセレスタの馬に向かう。その背後で。
「マダムの所くらいしか思いつかないんだよ。お願い」
思わず振り返った。いや、振り返るでしょ。
おい待て! 今の流れでどこをどうしたらそのセリフがでてくる? ドス黒いオーラが漂っているのが見えないのか!
それに。
私の意見は? 勝手にここに置いていかれそうなっているけれど、そもそもここはどこ? なんで見ず知らずの人から、こんなに睨まれないといけないの? 私が何したっていうのさ? この状況は何? これから私はどうなるの?
「もう嫌」
頭の中でプツリと何かが切れる音がした。
「えっ、何?」
のほほんとした顔のままセレスタが、こちらを振り返る。一方でいち早く私の様子がおかしいことを察したジェードがじりじりと後ずさる。
ジェード、あんたは正しいよ。
「もう嫌! 一体何なの! ここはどこ? この状況は何? 勝手に話を進めるな! 説明しろ! 説明!」
急に叫びだした私にセレスタが目を丸くしている。マダムも驚いたのだろう。何も言いはしないものの、灰色の目を大きく見開いている。
「領主様のお庭だか何だか知らないけれど、私は気が付いたらあそこにいただけなの! そっちからしたら私は不審者だろうけれど、私にとってはあんた達が不審者なのよ! 何者なのよ! 馬にボウガンとかありえないでしょ? ここはどこ? なんで私はここにいるのよ!」
一度開いてしまった口はもう止められない。私だって結構いっぱいいっぱいなんだからね!
「あのねぇ! 私はごくごく平凡な人間なの! 私が何したって言うのよ! なんでこんな目に合わないといけないのよ! だいたい」
ぺしっ。
一気にまくしたて始めた私の頭からなんとも間抜けな音がした。
「ちょっと落ち着け。わかった。悪かったから」
間抜けな音の原因はジェードが私の頭を叩いた音だった。びっくりして一瞬黙った私の頭をそのままぐりぐりと撫でる。
あの、犬じゃないんだけれど。
「こっちも説明が足りなかった。でも悪いようにはしねぇから、少し俺たちに付き合ってくれ」
ジェードはそう言うと、今度はマダムに向かって。
「マダム、急に邪魔してすまない。例のものを使わせて欲しいんだ。頼む」
そう言って頭を下げた。その姿にマダムが私をじっと見る。そして。
「入んな。お茶くらい入れるよ」
それだけ言うとマダムさっさと店に戻っていく。
「ありがとう。ほら、行くぞ」
「えっ、でも」
戸惑う私にジェードが真面目な顔で告げる。
「ややこしいことにはしたくないんだ。とりあえず今は言う通りにしてくれ」
その言葉に私はうなずくしかなくて。ジェードとセレスタに連れられて、マダムの店へと入っていくのだった。
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