第2話 馬の上で人生を思う
馬の上で人生を思う
馬に揺られながら、私は昨日のことを思い出していた。
「お疲れさまでした~」
17時半、オフィスではみんなが一斉にパソコンを閉じて帰り支度を始める。
8時半出社、17時半退社。残業は基本なし。
贅沢をしなければ独身女性が一人で生きていくには十分なお給料もでる。
間違いなくホワイトな会社……だと思う。
私の仕事は社内システムの管理。こう言えば聞こえはいいけれど、実際の作業はシステム会社がやってくれるから、私の仕事はそれをチェックするだけ。
大学を卒業してすぐに今の会社に就職して早8年。
その間に私のやってきたことは、8時半に出社して、パソコンを眺めて、ときどき打合せして、17時半に退社する、それだけ。
自分で何かしらのシステムが組めるかといえば、そんなわけもなく。なんならコードすら覚束ない。
大学も本当は宝飾の学校に通いたかったのに、それで食べていく自信どころか、親に言いだす勇気すらなく。結局は周りから勧められるままに家から通える三流大学の英文科に入学。
4年間真面目に通ったけれど、所詮は三流大学。ネイティブばりの英語が話せるわけもなく。英語力は多分人並以下。
時間だけは過ぎて、結局何も身に付いてない。私の今までの人生って、何か意味があったんだろうか?
このままではいけないとハンドメイドのアクセサリー作りを始めたのが2年ほど前。
昔からアクセサリーは好きだった。特に蛍石やガーネットのような半貴石が好きだった。
でもジュエリーショップの主役は、やっぱりダイヤモンドやエメラルド、ルビーにサファイアといった所謂貴石と呼ばれる宝石たち。たまに半貴石をみつけてもアラサーになるにつれ、身につけるのは躊躇われるような可愛いデザインばかり。
もっとシンプルでアラサーにも似合うアクセサリーが欲しい! そう思ったのがハンドメイドのアクセサリーを作り始めたきっかけだった。
最初は自分が身につけるものを作っていたのだけれど、職場で評判がよくて同僚のものも作り始め。これなら商品になる、と同僚のお世辞にのせられてハンドメイド作家の集まるアプリで売り始めたのが丁度1年前のこと。
お世辞を真に受けたわけではないけれど、デザインには少し自信があったし、手先も器用な方だ。
正直少しだけ自信もあった。
結果、シンプルなデザインと半貴石というハードルの低さも相まって、大人気とはいかないまでもそこそこ固定客もついてきていた。
そんな矢先、アプリの運営会社からのメッセージに私は唖然とした。
『あなたの商品に盗用の通報がありました。速やかに商品の取り下げ処理をしてください』
シンプルなデザインが裏目にでた。手に入りやすい半貴石を使っていたのも、真似のしやすさに拍車をかけたのだと思う。
アプリ内の私のページは問い合わせやキャンセルや返品相談のメールでえらいことになっていた。
盗用なんて、誓ってしてないけれど、それを証明する術なんてどこにもない。
いや、アプリに載せた日とか、なんか色々探せばなんとかなるのかもしれないけれど。その手間と、今、目の前にある大量のメールのことを考えたら、心が折れた。
結局、私みたいな凡人が人生の意味とか考えちゃいけなかったのさ。
なんだか全部面倒になってしまって、そのままパソコンを閉じて、シャワーだけ浴びてベッドに入った。
それが昨日の夜のこと。
そして、今、私は馬の上……なんなの? 私が何したっていうのさ?
「……名前は? ねぇ、ねぇってば!」
「はい?」
後ろからする大きな声にハッと我に返る。
そう、私はセレスタの馬に乗るよう言われたのだけれど、もちろん一人で乗れるわけもなく。それに私が一人で乗ったらセレスタの馬がなくなってしまう。というわけで、セレスタに後ろから支えられる恰好で馬に乗っているのだ。
そう、いわゆる漫画とかで王子様がお姫様を馬に乗せるようなあの状態だ。
かなりこっぱずかしい状態だったので、最初は丁重にお断りしたのだけれど、一人で馬に乗ることのできない私に拒否権などなかった。
出来る限り意識を遠くに飛ばして乗り切ろうと思っていたら、セレスタの言葉を完全に無視していたらしい。
「ごめんなさい。なんですか?」
平静を装ってセレスタに聞き返す。そもそもセレスタは恥ずかしくないのだろうか? すごい密着してるのだけれど。
「名前は? って聞いたんだけど」
話を聞いていなかったのに嫌な顔もせず、なんなら涼やかな笑顔で質問を繰り返してくれた。
どうやら恥ずかしくないらしい。
ここがどこかは知らないけれど、普通なんだろうか? だとしたら馴染める気がしない。
「ホタル……です」
思わず偽名を名乗ってしまった。
いや、悪気はなかったんだけれどさ。
さっき、自分の人生何だったんだろう? なんて思ってしまっていたせいかなぁ。
「いい名前だね」
そんな私の言葉ににっこりと笑うセレスタが眩しい。
あっ、なんかわかった。この子、王子様だわ。
クラスに1人はいた、頭が良くて、サッカーとかやっていて、誰にでも優しい。ついでに生徒会とかやっちゃう子だ。お父さんも格好良くて、家ではきれいなお母さんがお手製のおやつを用意していて、大きな犬がいて、ホームパーティーとかやっちゃう感じの家の子だ。……私とは完全に無縁の存在だわ。
「何がいい名前だよ。おい、お前、下手に喋ると舌噛むぞ」
隣の馬からジェードが不機嫌そうに声を掛けてきた。でもそれは私を気遣う言葉にもとれた。
あら、意外と優しい?
ジェードの言葉のお陰でセレスタも黙ってくれたし。
あれ? そういえば、この世界って苗字はないの? まぁ、苗字は考えていなかったから助かったけれど。
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