宝飾師の弟子。ふて寝から目覚めたら植物から宝石ができる世界でした。
蜜蜂
第1章 目覚めたら大草原
第1話 目覚めたら大草原
「えっ、どこ、ここ?」
思わず声をあげてしまったけれど返事はなく、私の声だけが虚しく響く。
見回してみたところで周りに人影はないし、それどころか、民家が一軒も見当たらない。
だだっ広い大草原。その真ん中に私はぽつんと立ち尽くしていた。
目が覚めたら、大草原。
いや、嘘でしょ。嘘すぎでしょ。ちゃんと自分の部屋の自分のベッドに入って寝たよ。どこよ、ここ?
とりあえずここに立ち尽くしていても仕方ない。誰か人のいるところを探そうと一歩踏み出したその瞬間。
「動くな!」
パシュッ。
見知らぬ男性の声と、一拍遅れて何かが足元の地面へ突き刺さる音がした。
「ひぇっ!」
おぉ、ひぇっ! て本当に言うものなのね。咄嗟にでた言葉に自分で感心……している場合じゃない!
足元に突き刺さったものをまじまじと見れば、まさかの矢だった。しかも結構深く突き刺さっている。あと数センチずれていたら、と想像してしまって一歩後退る。
「動くな! 今度は威嚇では済まさないぞ!」
気が付けば目の前に馬が2頭。そして馬の上には制服と思しき揃いの格好をした男性が。
栗色の馬に乗った金髪のいかつい男が、ボウガンを私にしっかり向けている。足元に刺さっている矢はこいつが放ったに違いない。……っていうか馬にボウガン? どういう状況? ちょっと変わった趣味のサバゲーの最中とか? いやいや、私、寝ぼけてどこに迷い込んでいるのよ。
「ジェード、ちょっと待ってよ。怯えてるじゃん」
隣の白馬に乗った銀髪の青年が、金髪にそう言いながら馬から降りてくる。
どうやら金髪&ボウガンのいかつい兄さんの名前はジェードというらしい。って海外の方? 思いっきり日本語を話しているけれど。
「おい! セレスタ、うかつに近寄るな!」
なるほど銀髪の青年はセレスタ、と。それにしても二人ともやたら美形だな。
緩くウェーブした銀髪に涼やかな青灰色の目、すらりとした体型はいわゆる乙女ゲームにでもでてきそうな王道イケメン。対して金髪の方は短髪、いかつい系だけれど、これはこれでイケメンの部類にはいる顔。明るい緑色の目は、目つきが悪いけれど、これはこれで一定数のファンはいそう。
え~と、もしかして、私まだ寝ている? だとしたら、美形にボウガンで脅さる夢って、どういう深層心理? しかもどちらもあまりタイプじゃないし。やっぱり疲れているのかな。最近、いろいろあったしなぁ。
「ねぇ、大丈夫? ここは領主様のお庭で普通の人は立ち入り禁止なんだけど、君、どこから来たの?」
「おぉ」
気が付けば銀髪イケメンの顔が目の前にあった。青灰色のきれいな目が私をのぞきこんでいる。
はい? 領主様? っていうか、ここ日本だよね? 何? 私、寝ている間にテーマパークにでも迷い込んだの? あぁ、だからイケメンなのか。ってそんなわけあるか! うちの近くにそんな場所ないわ!
いや、それをいうならこんな広大な場所がそもそも近所にない。やっぱりまだ寝てるの? でも夢にしてはリアル過ぎない? とりあえず夢ならそろそろ醒めて!
「えっと、言葉わかる?」
「おい! 何とか言ったらどうなんだ!」
いつまでも何も言わない私にセレスタが困った顔を、そしてジェードのボウガンがいよいよもって発射態勢に入る。
「ちょっと待って! えっと、言葉はわかります! 怪しい者でもないです!」
「そんな変な格好をして、怪しくないわけないだろう!」
へっ? ジェードの言葉に自分の姿を思い出す。
しまった! 高校生の時代の芋ジャージだった! しかもすっぴん!
アラサーOLの芋ジャージ&すっぴん、は確かに不審者だわ。って納得している場合じゃない!
「いや、これは部屋着でして。あの、本当に悪気とかないんです。領主様とやらのお庭だなんて知りませんで」
「噓をつくな! この辺りで領主様のお庭を知らない奴などいるわけないだろう!」
ガチャリッ。
私の言葉を遮ったジェードのボウガンから不穏な音が。
やばい! 人生終わった! お願い、夢であって!
ガチャンッ。ドサッ。
固く目を閉じた私の耳に何かがぶつかる音と、それ続いて何かが落ちる音がする。
「ジェード、少し落ち着いて! 不審者だけど、領主様の命を狙えるようには見えないでしょ!」
恐る恐る目を開ければ、地面にはボウガンが。そしてセレスタの手にはRPGゲームでみるような見事な剣が。
どうやらセレスタが持っていた剣でジェードのボウガンを叩き落としたらしい。もちろん剣は鞘に入ったままだったけれど。
「とりあえず馬から降りる! 女の子の前だよ!」
「あっ、あぁ」
セレスタの突然の剣幕にジェードがすごすごと馬から降りる。
「そして、謝る!」
「ごめんなさい」
「あっ、いえ、こちらこそ」
セレスタに気圧されたまま頭をさげるジェードに私も慌てて頭をさげる。
いや、ジェード、多分あなたは何も悪いことはしていないよね? まぁ、私としては命の危険は感じたから、セレスタの対応に助かったけれどさ。
「よし! そして、君!」
「はっ、はい?」
嘘でしょ。今度はこっちに来たよ。ホッとしていたところに急に声をかけられて、間の抜けた返事になってしまった。
「はい? じゃないの! 君は領主様のお庭に入り込んだ不審者なんだよ! そこのところ自覚して! ちゃんと答えてくれれば手荒なことはしないから!」
「はい!」
思わず背筋を伸ばして返事をする。
いや、イケメンの剣幕って迫力がエグい。なんならボウガンより怖いかも。
「よし。じゃあ、少し話を聞きたいので、一緒にきてください」
「いや、あの、どこへ」
「そういうのいいから! きてください!」
「はい!」
いや、よくはないでしょ。なんてこの状況で言えるはずもなく。
ここがどこなのか? そしてどこへ連れていかれるのか?
全くわからないまま、私は大草原、改め、領主様のお庭を後にしたのだった。
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