第24話
ふと庭の出入口を見ると、こちらに近づいてくるエミリオ兄様の姿が見えた。
私の目線で気づいたのでフローラ義姉様も兄様に気づいて「殿下」と嬉しそうに名を呼んだ。
こんなふうに呼ばれたら私だったらニヤけるのに兄様の表情はピクリとも動かない。面白くない。
「楽しそうだな」
「ええ。ヴェロニカ様とお話しするのは楽しいですもの」
「そうか」
兄様は義姉様の肩に手を乗せて二人は見つめ合い微笑む。目の前に妹がいるんですけど。私もアーデルヘルムに会いたくなってきた。
はぁ、とため息を吐いて頬杖をつくと、「ヴェロニカ」と兄に呼ばれて慌てて背筋を伸ばす。脊髄に染み込んだ反射的行動だ。
行儀が悪いと怒られるのだと思っていると、兄様は私ではなく庭の入口に顔を向けた。
私も同じ方向を見ると、そこには入り口で深々と頭を下げるアーデルヘルムが立っていた。
「アーデル!」
会いたいと思っていた人物の姿に思わず大きな声が出てしまい、フローラ義姉様はにこりと微笑んでエミリオ兄様は失笑していた。恥ずかしい。
「そろそろ中に入れ。体を冷やす」
「かしこまりました」
「ヴェロニカもあいつと帰るといい」
「え、でも護衛が」
「これから忙しくなるんだ。今日ぐらい休んでもバチは当たらん」
「兄様……」
兄の不器用な優しさが嬉しくて、ぎゅっと抱きつくと「おい」と文句を言われた。このぶっきらぼうな言い方も照れ隠しだ。
私は二人に挨拶をして、入り口にいるアーデルヘルムの元へと兄怒られない程度の小走りで駆け寄った。
「ヴェロニカ様。もうお茶会はよろしいんですか?」
「ええ。兄様がアーデルと帰れって」
「そうですか。では一緒に帰りましょうか」
「うん!」
満面の笑みで頷くとアーデルヘルムも嬉しそうに笑った。
アーデルヘルムは兄様と義姉様に頭を下げて、差し出された彼の腕にぴったりと腕を絡ませて王宮を後にした。
◇◇◇
屋敷に戻ってからは一緒に夕食を食べて、寝室のベッドに並んで腰掛けて今日あったことを話すのが結婚してからの習慣になっていた。
もちろん今日の話題はお茶会での出来事についてだ。
「まさかエミリオ兄様に子供かぁ」
「エミリオ殿下は御三方の面倒をよく見られておられたので良い父親になりますね」
「そうね。厳しいけど出来た時はちゃんと褒めてくれたもの。まぁ、怒る時は怖いんだけど……レオ兄様と木に登って落ちた時は鬼の形相で、お母様より怖かったわ」
「そんなこともありましたね。でも大事だからこそです。大きな怪我がなくてほっとされたようで少し涙ぐんでおられましたよ」
「え、エミリオ兄様が!?」
「はい。あ、これは黙っておけと言われてたので殿下には内緒で」
そうお茶目に口元に人差し指を当てて楽しそうに笑うアーデルヘルム。きっとバレたらすごく怒られそう。知った私もレオ兄様に知られないように口封じされそうだ。
でも本当にエミリオ兄様は良い父親になると思う。あのレオ兄様すら手玉に取っているのだ。めちゃくちゃ怖い父親にもなりそうなのは妹である私が保証する。
でも何というか……。
「私はアーデルの方が良い父親になりそうと思うわ」
兄様もそうだけど、やっぱり私たち四人の面倒を見てくれていたアーデルヘルムだってすごく良い父親になりそうだ。
なんだかんだで兄たちが彼に心を許しているのは見ていて分かる。四人で夜にこっそり晩酌していたことを私は知っているのだ。
うんうんと頷き、何も反応がないことに気づいて隣を見ると、アーデルヘルムは何故か口を手で押さえて固まっている。表情がよく見えないが髪から覗く耳はトマトを思わせるぐらい赤くなっていた。
「ど、どうしたの?」
「……ヴェロニカ、どういう意味か分かってる?」
「へ」
重々しくため息を吐いたと思ったら先ほどまでとは違う砕けた口調。間抜けな声で出たと同時にアーデルヘルムは私の体を押し倒してきた。
覆い被さってくるアーデルヘルムの瞳の奥には熱が灯っていて、そんな雰囲気全くなかったから驚いてしまう。
「アーデル……!?」
「父親になるってことは、俺とヴェロニカの子供ができるってことですよ」
「こど……っ!」
アーデルヘルムの言葉に先ほどの自分の発言を理解して一気に顔に熱が集まった。
そりゃそうだ。キャベツ畑とかコウノトリが運んできてくれるのは絵本の世界の中だけで。
それに結婚してからは避妊はしているが子供ができる行為をしているわけで……
軽率な発言をした自分を殴りに行きたいと頭の中で小さな私が大騒ぎしていると、アーデルヘルムは私のお腹の、子宮の上を撫でた。
「……っ!」
その触り方がすごく厭らしくて、体の熱が上がり息を飲み込む。
「ヴェロニカは……俺の子供がほしい?」
お腹に目線をおろしていたアーデルヘルムは縋るような目で私を見てくる。
アーデルヘルムは時々こんな目をする時がある。それは多分私たちの年齢差のせい。私も不安に思うように、アーデルヘルムも私が離れていくのではないかと不安に思っているのだ。
そんなことあるわけないのに。あなた以上に素敵な人なんていないのに。本当馬鹿な人。
私は手を伸ばして、アーデルヘルムの頬を思い切り両手で挟むと彼の目が丸くなった。
「当たり前でしょう! 好きな人の子供なんて欲しいに決まってるわ! あなた以外の子供なんて欲しくない!」
「ヴェロニカ………」
「でも今はフローラ義姉様の護衛をしなきゃいけないんでしょ!」
「ははっ! そうですね、分かりました。今は我慢します」
アーデルヘルムは吹き出す様に笑い、私の横に寝転がる。私も彼のほうに寝返りを打って向かい合わせなると、私を見つめるその瞳からは不安が消えていた。
「では、落ち着いたら……ね?」
「う、うん……」
私の頬を撫でるアーデルヘルムの甘く蕩けるような目で見つめられ、何だか恥ずかしくて目を逸らすとぎゅっと抱きしめられて広い胸に顔を埋める。
そうすると大好きな人の匂いと早鐘を打つ心臓を感じれる。
「ヴェロニカの子供なんて絶対可愛い。早くその日が来たらいいのに」
「もう……気が早いわよ」
「でも本当にそう思ってますよ」
「アーデル……」
胸元から顔を上げると真剣な表情の彼がだんだん近づいてくるのが分かり、そっと目を閉じた。
柔らかい唇は愛を伝えてくるかのように何度も何度もキスをしてくる。私も応えるように彼の首に腕を回す。
「愛してますヴェロニカ。あなたの夫になれて本当に幸せです」
「私も……私も幸せよ。やっと初恋が実ったんだから。これからもずっと、あなたを愛してる」
初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。 くまい @kumai_kuma30
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