おじゃまします!

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

🍡一話完結🍵


 わたしは今日、はじめて、お友だちのおうちへ遊びに行く。ほかの人のおうちに行ったことがないから、ドキドキしている。

 ドキドキしているのは、わたしだけじゃない。お母さんもそうだ。だって、お母さんは今、おちつかない様子で、あっちへ行ったりこっちへ来たりしているもん。

 あれを持ったっけ? ああ、持ってた!

 それで、あれはどうしたんだったっけ?

 お母さんを観察していたら、「かわいいからとっておくんだぁ」と言っていた紙袋に、お菓子を詰めだした。

 大変だ! ドキドキしすぎて、それが大事なものだってこと、忘れちゃったのかも!

 わたしは、「お母さん! それ、大事なやつ!」と、急いで伝えた。そうしたら、

「そう。大事なやつ! だから、お菓子入れるのに使うんだ」

 わたしには、どうして大事なものを使うのか、わからなかった。黙って考えていると、

「大事な人へのプレゼントを入れるのには、大事にしたいくらい素敵な袋がいいと思ったんだ」とお母さんは言った。


 ピーンポーン!

 お母さんがドアチャイムを鳴らした。わたしは、心臓がバクバクしているのを感じた。

「いらっしゃい!」

 中から出てきたお友だちと、お友だちのお母さんは、ニッコリ笑顔だった。

「おじゃまします」

 と、お母さんが言うから、わたしも「おじゃまします」と呟いた。それから、いつも通りに見えるみんなの笑顔をまねして笑った。


 はじめて、ほかの人のおうちに入った。そこは、つるぴかりーん! びっくりするくらい、きれいだった。

「きれいね。うちなんて、この子が遊び散らかしたものがそこら中にあって大変なことになってる。あ、これ、ささやかだけど、お菓子」と言って、お母さんが笑った。

 わたしは、なんだか嫌な気持ちになった。確かにわたしは片付けが上手じゃないけれど、お母さんだってそうだもん。ダイニングテーブルの上には、ペンとか、お化粧品とか、いろんなものを出しっぱなしにしているじゃん。

「いやいや、そんなぁ。わぁ、この紙袋、とっても素敵! お菓子ありがとう。さっそく出そうね」

 すると、その時。お友だちが、

「ねぇねぇ、聞いて! ママ、ドキドキしながらずーっとお掃除していたんだよ! それで、ここに全部詰めたんだ!」と、エッヘンと胸を張りながら言って、とびらを開けた。

 ごろごろどーん!

 大きな音を立てながら、滝みたいにものが流れ出てきた!

 お友だちのお母さんは、顔を赤くして、目をきょろきょろさせた。わたしのお母さんは、

「わかる。そうなるよね。私が招待する立場だったら、絶対同じことするよ。ねぇ、何か手伝えること、ある?」と聞いた。

 わたしたちは、流れ出てきた小さいものを片付けた。お母さんたちは、大きいものや重たいものを片付けながら、「きれいなお部屋に憧れるけれど、子どもがいたらムリよね」などと、おしゃべりを楽しんでいた。

 わたしは、いよいよ我慢できなくなって、

「ねぇ、おうちがきれいじゃないのは、わたしたちのせいなの⁉」と、ぶう、と頬っぺたを膨らませて問いかけた。すると、

「違う、違うよ!」と、お母さんたちは双子みたいに声をぴったり揃えて言った。

「揃っちゃったね」と笑いあう顔からは、すっかりドキドキが消えて、ふたりとも、本物のニッコリ笑顔になっていた。


 はじめてのお友だちのおうち訪問は、ほとんどずっと、バタバタしていた。

「おじゃましました!」と、お母さんが言うから、わたしも、「おじゃましました!」と言って、頭を下げた。

「また来てね!」と、ニッコリ笑いながら手を振ってくれるお友だちとお友だちのお母さんに見送られながら、わたしたちは帰り道を歩き出した。るんるんと足を弾ませながら、わたしは、〝なんだ、ドキドキする必要なんてなかったな〟と思った。


 それから、飾らないいつも通りを見せ合いながら、わたしたちはお互いのおうちを行ったり来たりしている。

 もう、ドキドキすることなんてない。当たり前に大事な人へのささやかなお菓子は、白いビニール袋に入れて、ブンブン揺らしながら持っていく。

 そして、ニッコリ笑顔で元気いっぱいにこう言って、おうちの中に入るんだ。

「おじゃまします!」








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おじゃまします! 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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