見せてあげましょう、聖女の力を



「は? さっき、帰れないって、」

「私は断言は難しいって言ったんであってぇ、出来ないとは言ってないですぅ」

「か、からかってるんですか?!」

「んなわけないじゃないですかぁ。大真面目ですよぉ」

「いや、でもっ! 断言するのは難しいって、帰れないって言ってるようなもんですよ!」

「聖女様~。ご自身でも言ってますが、“ような”は似ているってことですよぉ? それって、始まりから終わりまで同じって意味ではなくてぇ。言葉は正しく使わないとダメでぇす」



 ちっちっち、と言いながらユーリが人差し指を左右に揺らすのがかんに障る。


 怒りから、つい肩で息をしてしまう。梓は地図の横に置かれていたグラスを手に取り、中身をあおった。水が喉を通り、食道から胃へと流れていく。



(とりあえず落ち着け。落ち着いて話を聞かないと)



 腹の底はムカつきで満杯だ。だが情報を、状況を詳しく知っているのは目の前に立つユーリ達だけ。今は頼るしかない。帰りたいのなら尚更。

 リシアが空になったグラスに新しい水を注ぐ。梓は二杯目も一気に飲み、



「……そもそも。私が聖女というのはどういう意味なんですか? 私は普通の女子高生です。聖女様だなんて呼ばれて、お二人から恭しく扱われる生まれじゃありません」



 と、言った。



「ユーリさん達が日本を知らなかったように、私もクライツ王国なんて知らないんです。聖女って国を救った……例えばジャンヌ・ダルクとかそういう人のことですよね? 特別な力も何もない、他国の私が聖女扱いされるなんて意味不明すぎます」

「たしかに私たちは日本という国は知りませんねぇ。でもぉ、聖女様が住む国が異世界の国だということはおびした時からわかってましたよぉ」

「いやそこに食いついて欲しいわけじゃなくて……って、え? いせ、かい?」

「はい。異世界でぇす。リシア、あれを」



 ユーリがリシアに向けて声をかけると、「はい、兄さん」と答えたリシアが一度テーブルから離れる。リシアはそのまま扉を開け、手に大きな皿を持って戻ってきた。

 


「聖女様、こちらを」

「花?」



 白磁の皿には大小さまざまな花が乗っている。見慣れた花もあれば、初めて見る形の花もあった。

 リシアが皿を梓の眼前に差し出す。急な展開に梓は目をぱちくりとさせた。



「枯れてる……」

「枯れてますねぇ」



 梓が驚きの顔をさせるのは、理由もなく花を差し出されただけではなく、花がことごとく枯れているからだった。最盛期であればさぞ美しかったであろう花たちは、退色しまくっていて正直に言うとみすぼらしかった。


 リシアが梓に「何色がお好きですか?」と聞くので、戸惑いつつ「……赤だけども、」と答える。すると赤い一本の花を皿から梓へと手渡された。



(急になに? 花になんの意味があるの?)

 


 説明もなしに渡された花はこうべを垂れるように茎から湾曲している。明日あたりには花弁も葉も散らせてしまいそうなほどに元気がない。



「花をご覧ください」

「? ……?!」

 


 リシアが言う。梓は二人の意図も掴めぬまま、言われた通りに花へ視線を落とす。

 手を動かすと葉が揺れて取れそうになる。咄嗟にもう片方の手で葉を支えた。その途端。花が輝きだした。

 


「それが貴方様が聖女たる所以ゆえんですよぉ」

(花が、元気になっていってる?!)

「ほんと、人知を超えた力ですねぇ。枯れた花が蘇るなんてぇ」



 あんなにも元気なさそうだったのに。

 梓が手にした花は重力に逆らうように真っすぐに立ったかと思えば、花弁に張りや艶を戻していった。

 取れかけていた葉も茎にしっかりとついている。何度手を揺らしてもびくつかないほどだ。

 


「さすがです! あの時もびっくりしましたが、間近で見るとより一層神秘的な力です!」



 リシアが拍手しながら感嘆の声を出す。

 


「びっくりされた顔をしてますけどぉ、正真正銘、聖女様の力ですからねぇ?」



 同じく拍手をしていたユーリが、花とリシアを交互に見る梓に言う。

 


「わ、私の力じゃないです! こんな力、持ってない!」

「過去は持っていなかったかもしれませんが、今は持っているんですってばぁ。いやぁ、聖女の力ってすごい~、女神の加護すごぉ~い」



 ものの見事に雑な言い方だ。拍手だってリシアに比べればおざなり。

 温度差のある二人の「すごい」を聞き流して、梓は手に持った花をよく観察する。

 左右上下、どこから見ても花は元気だ。白磁の皿に載ったままの萎れかけた他の花に比べると顕著なほどに。



(手品ってわけじゃなさそう。本物の花だもの。いやいや、だとしても、私がやったわけじゃないってば!)



 どこかに仕掛けがあるわけでもないらしい。造花ではなく生花だということは触った際の感触でわかる。

 ユーリが梓に向かって右手を差し出した。花を乗っけろ、という意味なのだろう。


 躊躇ちゅうちょしつつ赤い花を渡せば、彼もまた花をまじまじと見つめた。

 瞬間。あれほどまでに綺麗に咲いていた花が今度は一気に萎れていく。



「?! 花が……」

「更にすごぉーいのは、この力は聖女様しか持ちえないってことですよねぇ」

 


 時がさかのぼるように、いやそれ以上に劣化してしまった花。

 皿に載っていた時より衰弱し、一枚、二枚と花弁を床に落した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る