結婚してください、我が国の王子と


 少女が男に向けて更に大きな声で「だから、聞いてるの?!」と言う。

 男の方が少女よりも大分年上だ。身体付きだって大人と子供くらいの差がある。

 なのに力関係は少女の方が圧倒的に強かった。



(なんていうか、親子みたい。見た目逆だけど)



 チグハグな構図に、先ほどまで流れていた不穏な空気が一掃いっそうされる。

 少女はまたも「聞こえてるなら返事して!」と叱り、男は「聞こえてないよーぅ」と耳を塞いで答えた。


 その様を見て少女が「聞こえてるんじゃない!!」と今日一番大きな声を出す。

 大きい身体の男が小さい身体の女に親子のように叱られるだなんて、漫才みたいなやり取りだ。



「ふふっ」

 


 だからだろうか。

 笑いが意図せずこぼれてしまった。慌てて口を閉じるが時すでに遅し。

 声が耳に届いた二人が動きを止めて、ほぼ同時に梓の方に視線を向けた。



「ご、ごめんなさい、笑ってしまって」



 謝るも少女は微動だにしない。かと思えば顔色を一気に赤く染める。



「せ、聖女様がいる前で大変申し訳ありません!!」

「なぁんだぁ。リシアも失礼なことしてるから、私に文句言えないねぇ。……うっ。また殴るだなんてひどい」

「兄さん、ちょっと黙っててもらえる? 聖女様、本当に重ね重ね申し訳ありませんでした。お見苦しい場面をお見せしてしまって、なんとお詫びすれば良いのか」



 そう言って謝る少女は、とてもとても深く頭を下げる。このまま下げれば地面に頭をつけてしまいそうな勢いだ。

 慌てて梓は少女に声をかける。



「そんな深く頭下げないでください! その、仲の良い兄妹なんだなって思っただけですから」

「……そう言ってくださり、ありがとうございます。うぅ、恥ずかしすぎる」



 言葉通り、本当に恥ずかしいのだろう。

 少女は赤面状態に眉を下げ、「私ったら本当に……。ごめんなさい」と、か細く呟く。



「あー、やっぱり言わなくても兄妹ってわかりますぅ? うれしいなぁ」



 そんな少女の変化に対して、男の方は変わらず飄々ひょうひょうとしたままだ。



「に・い・さ・ん!! 貴方も謝る立場なんだからね?!」



 どうやら少女はこの男を前にすると、普段の凛々しさがなりを潜めてしまうらしい。

 恥ずかしさの残る顔で、男を咎めるためにまたも声を張り上げる。も、すぐに梓の前だと思い出したのか、ハッとした顔を作った。


 落ち着きのない視線が梓の左右を行き来する。とりあえず少女に笑って返せば、少女は目を潤ませて下を向いてしまった。

 


(やば、泣かせちゃった……?!)



 少女の震える肩に慌てる梓。

 今度は梓が動揺して視線を彷徨さまよわせれば、男と目が合う。

 男の方はなぜか嬉しそうに笑っていた。



「ちなみにどこで兄妹って思いましたぁ?」



 実に緊張感のない質問だ。

 梓が「へ?」という声を出せば、少女が静かに、でも鋭いストレートを脇腹に喰らわせた。



「いっ、たぁ!」

(あ、女の子大丈夫そう)



 脇腹をさする男と、男を睨む少女を見て安心する。少女は恥ずかしさから瞳を滲ませていただけで、泣いていたわけではないようだ。


 男は痛みに顔を歪めつつ、「で?」と梓に返事を催促する。この空気の読めなさと、神経の図太さは初対面ながらすごい。



「えっと。髪の色と瞳の色、ですかね。あとどこがってはっきり言えないんですが、二人が出す雰囲気が似てるかなって」



 催促されたのもあって、梓は男の質問に律儀に答える。

 まず兄妹と思ったのは、第一に少女はあの男のことを“兄”と呼ぶからだ。第二に二人は兄妹と言われれば納得してしまうほど似ているから。


 男も少女もどちらもプラチナブロンドの髪の持ち主。少女は癖っ毛。かたや男は直毛。

 瞳は紫色で少女が丸く、男は細長い。と、こまかな違いは多々あるが、全体的な印象はそっくりだ。


 男は梓の返答に、満足気な表情をする。

 その笑顔は最初に梓の時に作った底のない不気味さの漂う笑顔ではなく、純粋に嬉しいというのが誰から見てもわかる笑顔だった。



「……兄さん、満足した?」

「したよぉ」



 少女が呆れた視線を送る。だが男は意に介さない。ニマニマと口元を緩くさせたまま。

 おほん、とわざとらしく少女が咳払いをするも、それすらも嬉しそうに受け止めた男。



 (妹さんのこと、可愛がってるんだな。妹さんは嫌みたいだけど)



 梓は一人っ子だ。きょうだいはいない。もしも上か下にきょうだいがいれば、彼らと似た関係性になっていたのだろか。だなんて考えてもタラレバの話。


 男は首を左右に傾け関節を鳴らすと、自身の眼鏡にかかっていた少し長めの前髪を手で払う動作をした。

 


「なので、本題に入ろうかねぇ」



 そして男は外套がいとうを手で撫で、皺を伸ばし、整えた。次に眼鏡の軸を持ち上げる。男も少女も同じ服装を身に着けていて、普段着というには随分と堅苦しい。


 男と少女はまっすぐに背筋を正すと、すぐさま片膝を床につける。

 左手で右手首を掴み、服に縫われた紋様を指し示すかのように胸元に右手の平を置く。



「改めてご挨拶させていただきます。私はクライツ王国の神官職に就いているユーリ・トコルト。そしてこちらが我が妹のリシア・トコルトです。今はまだ見習いですが、同じく神官職に就いております」

「聖女様、よろしくお願いします」



 名乗りを終えると二人がうやうやしく頭を下げた。スイッチが切り替わったかのごとく、どちらも真剣な面持ち。一瞬にして空気が変わり、梓は気圧けおされる。


 男、もといユーリは先ほどまでとは違って緩い喋り方が消えていた。

 


「あ、あの! そんな風にしてもらえるほどの人間じゃ、」



 すぐさま梓も床に両膝をつき、二人に頭をあげて欲しい旨を伝えようとする。

 だがユーリは首を横に振った。



「いいえ、貴方様は聖女様なのです。敬うべき存在です。聖女様、リシアから聞きました。ここに来た時の記憶がないと。今からそれを説明致しましょう。そして早く準備をしましょう」

「……準備?」

「ええ。貴方様はこれからこの国、クライツ王国の王子とご結婚なさるのです」



 ユーリは優しい顔をしているのに。口元に笑みを作っているのに。冗談でしょ?、とは言えない重圧を目線で示してくる。

 梓はユーリの隣でひざまずいたままのリシアに視線を投げかけた。


 どうかまたさっきみたいに兄を小突いてくれ、と。冗談言うな、と。

 しかし梓の願いも空しく、リシアは真面目な表情で梓を見つめ返すだけだった。


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