過去を生きる貴方へ
さわら
過去を生きる貴方へ
拝啓、過去を生きる私へ。
この手紙を貴方が読む時、私はもういないでしょう。私は今日死にます。いじめとか、病気とか、そんな事で苦しんでいるわけではないので安心してください。
怠惰に生きるのが辛くなった、死んだように生きる日々に飽きてしまっただけなのです。
これから理由を書きます。もしこれが届いたとして、貴方が知りたくないと思うのなら読まずに破り捨てても結構です。ただ私は、私の生きた証を遺したいだけですから。
私は怠惰で生きてきました。死にたいと思いながら生き続ける日々が億劫になってゆきました。
そもそも死にたい思いながら生き続けることを、果たして生きていると言っても良いのでしょうか?
もしかしたら私はずっと前から死んでいたのかもしれません。
いじめられているわけではありません。友達と呼べる仲の人は、片手で足りるほどの人数です。親友と呼べる仲の人はおりません。悩みを打ち明けられる人もおりませんし、家族にすら話せない悩みも数多くあります。しかし決していじめられているわけではありません。虐待を受けているわけでもありません。
ただ人との距離を掴めずにいるのです。わかったつもりになったとしても、それは所詮ただのつもりです、私の勘違いなのです。間違えているのですから突然気まずくなって、距離を置くようになってゆきます。そんな事は日常茶飯事です。
ですが人が嫌いなのかと問われればそうではありません。人間は好きです。独りでいるのは寂しくなりもします。ですが如何せん距離を掴めずにいるものですから、独りが気楽なのです。必要以上に相手の気持ちを考えて、必要以上に疲れてしまうのです。
誰かといれば疲れてしまいますが、独りで居ても結局疲れてしまいます。独りでいると後悔の念が押し寄せてくるからです。そうすると気分が落ち込み、まるで闇に引きずり込まれるかのような錯覚に陥ってしまいます。
独りでいても、誰かといても、私は疲れてしまうのです。疲れは寝れば忘れてしまえます。ですが起きれば一気にそれを思い出して、余計に疲れるのです。気付けば疲れたというのが口癖になりました。言霊というものがありますが、本当にその通りで。言えば言うほど増々疲れてしまうのです。
いつしか死にたいと思うようになりました。それでもやはり私は人間ですから、死という不明確なものに恐怖も抱いておりました。ですがそのうち、寝れなくなった体に睡眠薬を入れて無理矢理寝ても、疲れた体にエナジードリンクの類を入れて無理矢理元気を出そうとしても、もうだめになりました。
寝れないから疲れが取れない。疲れが取れないから気分が下がる。気分が下がるから悪いことを考える。悪いことを考えるから眠れない。
そうした無限ループがずっと続いておりました。
ぼんやりとした死にたさが、段々強くなってしまいました。眠れない夜に思う程度だったのが、独りになる度に思うようになり、ついに常に死にたいと思うようにまでなりました。
死にたいと思いながら生き続けることを、生きていると言っても良いのでしょうか?何度も頭に浮かびます。生き続けているのなら生きているのでしょう。ですがそれはまるでゾンビではありませんか。
死んでいながら生き続けるのがゾンビなのであれば、死を願いながら生き続ける私はゾンビですらないのでしょうか?それとも存在価値がまるでない、ただの生ける屍であると表記すれば、私はゾンビになるのでしょうか?
いえ、なにも私は別にゾンビになりたいわけではありません。ただそんな事を茫然と考える内に、ふと死のうと思いました。
死は怖いです。それでもこのままゾンビのように生き続けるのはもっと怖いと思ってしまったのです。
死んだように生きて、ふと後ろを振り返った時、後ろに何もなかったとしたら。友の箱の中に沢山の宝物が詰まっているのを目にした後、自分の箱の中をみた時に、何一つ入っていなかったとしたら。
きっと私は耐えられないでしょう。どうして死んでおかなかったのかと、ひどく後悔することでしょう。
後悔するのが分かっているのに、そのまま進み続けられる人というのは、きっと強い人なのでしょう。
私にはそんな強さも、勇気も持ち合わせておりませんでした。そしてもちろん、死と向き合う勇気もありません。
ですからこの手紙を出します。一生に一度、過去の自分に手紙を送れるポストがある。私は一度、嘘に違いないと決めつけました。まさか自分がそれに縋るとは思いもよりませんでした。
私は2025年11月23日の19時に、つまり貴方が手紙を見ている丁度1年後の今、死にます。もし貴方が最後までこの手紙を読んで、そしてなお生きていて欲しいと願うなら、貴方はこの日に死ななければ良いのです。そうすればきっと未来は変わります。
私は貴方がどちらを選んでも恨んだりしません。
過去に手紙を送れるポストなど、ないと思っているからです。手紙を書いている今、少しだけ生きたいと思ってしまったからです。
それでも一度決めたことですから、やはり私は死にます。過去にいる貴方に、私の未来を託してしまうこと。少し心苦しい気もします。
理由は特にありませんが、顔も知らない貴方には最後まで未来を生き続けて欲しいと思っています。
いえ、貴方は私自身でしたね。なぜか他人のように思えてしまいます。きっと私が過去に興味がないからでしょう。過去の自分に手紙を送るなど、やったことがありませんから。
過ぎ去った日は二度と返りません。それは時に辛く、時に嬉しくあります。ですが私は今を生きるのですら必死ですから、過ぎ去った日に構う余裕はありません。貴方に手紙を書くのも本当に私の気まぐれです。それでも貴方は最後まで付き合ってくれた、とても心優しい方なのでしょう。私なら最後まで読むはずがありませんから、どこかで時空でも歪んだのかもしれませんね。
もう書きたいこともありませんから、おしまいにします。最後まで付き合ってくれて、ありがとう。そんな心優しい貴方の未来に、幸あらんことを。
敬具
過去を生きる貴方へ さわら @sawara_3
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