VRMMORPGでガチ悪魔と契約してしまいました

六情コウ

プロローグ 契約

 まるで天国かのような白く明るい空間。そこには不釣り合いな異形の悪魔が、一人の青年と対面していた。悪魔は青年に向かって言う。


「お前が望むなら、全ては現実になるだろう」


 そう嘯かれて、青年は何を思ったのか、呟くように返事した。


「……現実なんてつくづく嫌になったんだ……。むしろ俺の願いはまるっきり反対さ。叶うなら、全てが夢に……」


 その瞬間、世界は崩れ始めた。


⭐︎


(随分おかしな夢を見た気がする。あの場所は……VR空間? それもエラーを起こして、何も表示がない時の)


 青年――志田愛志は、あくびをして出た涙を拭いながらぼんやり考える。


(悪魔が出てきたことも気になる。どんな意味があるんだかな……。夢占いでも調べてみるか)


 枕元に置いてあったスマホを手に取る。ブレインチップと同期するとすぐに脳波認証が通過された。そのまま思考による操作で検索タブを開かせ、“夢 悪魔 意味”と調べる。


 ――結果が表示された。どうやら悪魔が出てくる夢には誘惑・不安・未熟・悪意といった意味があるらしい。ネガティブな単語の数々からしてまず良い内容ではない。


 しかしあながち否定できるものでもなかった。愛志は昨年十五歳の成人を迎え都会に移住してからというものずっと不健全な生活を送っている。


 住まいは親からの仕送りでも借りられる公営の若者向け格安マンション。要は団地だ。原則として居られる期間は二十五歳以下を対象に五年。つまりあと四年、二十歳までここで暮らす予定なのだが、あまりにも環境が悪い。

 

 このマンションには問題が山積みである。騒音やペットの飼育に始まり、老朽化した建物に定着したタバコの臭い、放置される粗大ゴミ、ゴミ置き場や駐輪場の散乱具合、共用スペースを占拠する不良、ベランダの使用用途。かように枚挙にいとまがなく、外観は薄汚く実情も酷いものだった。

 

 特に最後のベランダの使用用途は愛志の懸念点だ。買い物帰り、下の階の住人がただでさえ狭いベランダにバーベキューグリルを広げて騒いでいるところを目撃し、火事に間違えたことは記憶に新しい。

 

 また、問題は愛志個人の性格にもあった。愛志は確かに高校生であったはずだ。それなのに授業参加も部活動もろくにせず、ただただ時間を浪費するだけの毎日で日に日に精神と肉体を腐らせている。

 加えて、それを自覚しながらも変われない消極的な性格は常に状況を暗転させていた。


「はぁ……」


 愛志はサイトを流し見すると同時に近況を顧みてため息をこぼした。


(そう言われてもなぁ。確かに自分を、状況を変えるべきなんだろうがこの怠惰な生活は心地良すぎてそんな気は起きない。今日だって新しいゲームが届くんだ)


「まぁ、大丈夫だろう」


 愛志の悪い癖だ。ひとまずは状況を甘く見積もって、対処を後回しにする。


 ――さて、愛志が新しく買ったゲームは何か。世界初のVRMMORPG『New:adventure life』通称Nal。ナルやネイルと呼ばれることが多い。

 寝ながらゲームする“寝なゲー”を謳い文句に没入型VRという最新技術を駆使するゲーム会社が、この時代で残存する有力運営と共同で開発した作品である。


 その所業はまさに革命であった。世間に忘れられていたMMORPGというゲームジャンルとVRの融合。廃れていた界隈に再び熱が宿るほどの活気をもたらし、新規ユーザにはかつて一時代を築いたMMORPGという未知のゲーム体験への想像を膨らまさせた。


 するとそこでスマホに通知。どうやら配達が完了したらしい。午前十時。起きるには遅いが、荷物が届くには相応な時間である。


 ――ピンポーン


 続けてチャイムが鳴った。迷惑な近隣住民が鳴らしたのでもなければ心を躍らせる音だ。

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