第3話 ジターバグ

このお話の登場人物

叶 俊熙(イエ ジュンシー):中国最強の処刑人エクセキューショナーであり、別名、不死身の不死鳥。それは、誉れある名前かと思いきや、「本人が言うには、死んでも生き返る」という触れ込みが、やけに彼が強くたくましいことによって、殺すことが困難で、「ほんまかいな?」という疑いに変わっているために、皮肉や揶揄を込めて、『不死身の不死鳥』と呼ばれている。彼はさらに、少林寺拳法や、詠春拳、ジークンドーなど様々な武術を身に着け、不気味なほどにフィジカルが逞しいことから、不死身・不死鳥・不気味の三つの不。そして、中国本土で幻と呼ばれるデザートの希少性にも彼を重ね、別名『三不粘サンプーチャン』とも呼ばれている。あだ名の多いわりに、仕事人としての成果がありすぎる男。そして、漏れている情報量が多すぎて、敵に筒抜けでも、それでも倒して帰ってくる男。彼曰く(誰も現場には立ち入らせてはいないが。)なんども死んでは生き返りながら、歴戦を超えて来たという。対戦戦績(これまで戦ってもちろん殺した相手)は、アントンシガー、フレディクルーガー、バーバヤーガ(ジョンウィック)、チャッキーなど。


覃 紫釉(タン シユ):中国最凶の殺人鬼。表向きは人間だが、実は闇魔術に精通し、魔虫まちゅうを操るあやかしの類。輪廻転生に失敗し、畜生道(やぎの腹の中)に落ちたが、時空をゆがめて外見上は人間として生まれ変わった。しかし、残念ながら畜生時代の名残としてヤギのような角が頭に生えている。彼は、角を隠すために。パーカーを羽織り、いつもフードを目深にかぶっている。武器は、『ジターバグ』という超音波振動をしながら飛行する金属のように身体が硬質なずんぐりした体形の小さな魔虫。彼が操ることによって、弾丸のように対象物に飛んで行き、身体や物体の表面をやすやすと浸透し、内部でさく裂。死や破壊に至らしめる。超音波振動なので、空気摩擦が熱を発生し、火災がおこりやすい。火災のあるところに、彼は現れている。しかし、彼は完全犯罪者。被害者は、見る影もなく、消える。そして、絶対に彼はつかまらない。なぜなのか…。


では物語スタート

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『大唐芙蓉園にて、巨大火災発生。歴史的建造物が燃えている模様。現場に急げ。』緊急車両要請連絡が消防署内にて鳴り響いている頃、自宅にてそれを盗聴していた叶 俊熙(イエ ジュンシー)は、早くも靴紐を結んでいるところだった。


それまでのアッサムティーを呑みながら懸垂をする穏やかな午後は一変し、業火で焼かれる彼の故郷ともいうべき思い出の地。それを目の当たりにした彼は、立ちすくんだ。


『誰がこんなことを!ちくしょう!正義執行だ!』と叶は言って、轟轟と燃えている歴史的建造物の中に無防備で入って言った。無防備と言うのは、もちろん着よう着ままにという意味で、防火衣服をまとわずという意味だ。


なぜ建物に彼は何も考えず入っていたかというと、彼なりに、中に何かがいることを知っていたからだ。そのうえ、彼は、彼が言うには死んでも生き返るため、炎の中に振り向きもせずに入って行った。


彼の全身は炎に巻かれ、轟轟と燃えていた。しかし、彼はビクとも動かない。動じない。それはなぜか、目の前に、異形の者が佇んでいたからである。


『ああ、お客さんだ。どうぞ入って。私に用があるのだろう?ささ、なんでも聞き給えよ。』と異形の者は言う。


異形の者は、耐熱の衣服をまとい、その衣服のフードを目深にかぶり、表情の伺えない姿勢で、こちらに不気味なほど鷹揚に対応した。まるで、炎の中とは思えない、穏やか過ぎる対応だ。


『貴様。私同様、人間ではないな?』と叶は言う。叶もまた、人間ではなかった。この炎の中、平然と生き、呼吸し、話している。


『言うまでもなかろう。キミと同じ、悪魔の生まれでね。あろうことか、ヤギの腹の中に落ちたので、こうして生まれ直したのだよ。』カッカと笑いながら、輪廻転生の無常を語る様子は、まるで神が地球を創生した話を語るがごとくだ。


『一緒にされては困る。私は人間の姿を借りた、天使だ。キミとは天と地ほども地位が違う。ここで粛清の儀を受けてもらうぞ。』と叶は言う。彼は、人間ではなく、天使だったのだ。しかし、現世のヒーローとして、人間の姿をかりて、不器用なりにも曲がりなりにも、人命を尽くしていた。


『ほほう、威勢がいいな。私を、キミに倒せるとでも思っているのかね?笑わせるんじゃないよ。そのような華奢な身体で、なにも魔術を使えないくせに。』と悪魔は言う。


『饒舌もこれまでだぞ?私は人間たちが自分の身を護るために日々研鑽してきた如才ある武術を身に沁み込ませてきた。悪魔など屁にもならんぞ!』と叶は憤る。


『ほんとうにキミはのぼせやすい。頭に虫でも生えているんじゃないか?あ、そうそう。私のトモダチはこれだ。キミには勿体ないよ。それに、これはもう必要ないね。人間名は覃 紫釉(タン シユ)だ、よろしく。』と悪魔は言い、防火服を脱ぎ捨てて、彼のありのままの姿と、彼の操る魔虫を見せびらかせて見せた。


覃は、まるで毛深いヤギが屈強な人間の身体を手に入れ、聳えているかのような印象を持たせるほど逞しかった。あらゆる武術を極めた叶にとっても、それは恐れるに足りるほどだったが、彼もまた気丈に振る舞い、脳内ではアドレナリンを大放出していた。


そして、覃の掌には小さくずんぐりとした、昆虫類でいうと熊蜂のような魔虫がいた。その魔虫は、彼の掌にある風穴ワームホールから、一匹、また一匹と姿を現し、彼を取り巻いていた。


『ほう、なかなかやるじゃないか。今迄俺が戦ってきた相手とは、一味も二味も格が違うぜ。ふっ、楽しみにさせてくれるじゃないか!』と叶は言った。しかし、潜在意識は焦っていた。なにせ、天使として、初めて悪魔と戦う。これまで、豪語してきた敵の退治。これらは、架空の武勇伝として語って来た、自分を大きく見せるFAKEだ。


彼が戦って来たのは、確かに戦って来たが、言うても中国本土にいる要請を受けて倒した凶悪犯罪者ならびに、偶然その場で立ち会った軽犯罪の制圧だ。


天使として、地球はぬるいと思っていたが、それは甘かった。地球上には、悪魔もいた。それが彼の感想だった。だからこそ、彼の心臓は早く波打ち、アドレナリンを爆発させているのだ。


『おやおや、震えているか?震えているなら、私が止めてやるぞ。』と覃は言う。止めてやるとは、殺してやるということだ。恐れからの解放、それが覃のポリシーであり、死に怯える人間を、これまで幾度となく殺害し、彼なりの倫理によって救って来た。


『ほら、彼が、簡単にキミを楽にしてあげるよ。』と言った覃の手元には、もう魔虫はおらず、すでに叶の胸の前をゆっくりと飛んでいた。しかしそれは、肌に触れているのだが、抉られているという感じはなく、むしろ、なでるかのように、次第に身体をすり抜けるのだった。


『おっと!いかん!俺は怯えている!なんだ!この怯えは!死への怯えか?!それとも、解放への怯えか?!(死ぬのが怖いのか、それとも、現世の天使の役割を失うことが怖いのか。という意味。)』と叶は叫んだ。


そうしている間も、魔虫はめり込む。抵抗もなく。


叶は認めた。そして、口にした。『私は、死んだことなどなかった。だから、怖いのだ。人間たちよ、済まない。私が不死身であることなど、私は知らない。つまりは、生き返れないかもしれない。だがしかし、私はもう死から逃れられない。知らぬ間に、死に怯えて、知らぬ間に、死がそこまで迫っている。南無三。地球よ人間を救いたまえ!再見ツァイチェン(また会おう)!』と。


叶の身体は、内部から崩壊した。身体の中にいた魔虫が超音波振動を突如止めたことによって、エントロピーの崩壊が発生し、体内が幾何メルトダウンを始めたのだ。


つまりは、時空のゆがみである。


時空のゆがみは、叶の身体を否応なく呑み込み、異次元へと抵抗なく引きずり込んで、とりのこされた身体を無残に引きちぎった。その音を、覃は嬉々として聴いていた。『美しい音楽だ。なんとも、懐かしい。』と言った。


叶の身体が見るも無残なズタズタになった。


『これが私なりの弔いだよ。気を悪くしないでくれ。』と覃は言うと、さらに叶の取り残された身体の一部に、無数の魔虫を差し向け、更に破壊させた。現世に、叶の身体は一切残らなかった。


『つまらない。じつに。跡形もなく消えると、生き返ることも、何かを残すことも、できない。』と覃は寂し気に言った。そう、覃は、叶と同時に、叶を知っている人々の叶に関するの記憶すらも、消せるのだった。しかも、覃は、覃自身のことも、同様に人々の記憶から消していた。


『誰も、僕を覚えていない。何をしても。』と覃はつぶやいた。

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