第2話 吸血男爵

このお話の登場人物


主人公:「サンティアゴ・マドセン」真夜中スペインの街に現れる神出鬼没の殺人鬼『吸血男爵ヴァンピロネグロ』を捕まえるべく、捜査に心血を注いでいる熱血警官。というのは彼自身のキャリア上の夢で、マドリード市内の交番勤務の駐在。独自に事件をネットを駆使し捜査するのが趣味。


妻:『カサンドラ・マドセン』主人公の妻であり、息子である「アレハンドロ・マドセン」の母。気立てが良く、肝っ玉母さんである。四字熟語で言うなら良妻賢母。 年齢は夫より下だが、所謂かかあ天下。


息子:「アレハンドロ・マドセン」マドリード市内の高校に通う少しオタク気質な青年。スターウォーズの大ファンで、デススターのレゴブロックを買うために、電気店でアルバイトをしてお金をためている。16歳。DIYで電気器具も作れる。


吸血男爵ヴァンピロネグロ:『黒い吸血鬼』スペイン国土の様々な土地で吸血殺人事件を起こしていると言われる、妄想性パーソナリティ障害の患者。彼は、自身が呪いにかかっていて、他人の血を毎日一度は吸わないと、連続して3日間吸血しない日があると死んでしまうと思い込んでいる。また、彼はスペインの国土のどこかに緑色の血が流れている人間がいると信じていて、その緑色の血を吸うことができれば、この呪いから解かれると信じている。また、服装は返り血を浴びても汚れないように黒いビニールで作った衣服をまとっており、目撃者の噂によると、浴びた血が固まって仰々しい正装に見える。そのため、吸血男爵・黒い吸血鬼ヴァンピロネグロとも呼ばれている。武器は鋭利な刃物、そして、巨躯。しかし、全て噂だ。


では物語、スタート。

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サンティアゴ・マドセンは、朝日の昇ったマドリードの街を見上げた。『今日もこの町は俺が守る。夜になると、今日こそは俺のところにヤツが出るかもしれない。絶対に捕まえてやる。』と息巻いているのは、他でもない。


スペイン中を賑わしている吸血鬼騒動、それは、マドリードも例外ではなかった。つい先週には初めてマドリードと同じく都会のバルセロナで、カサバトリョ在住のサグラダファミリアの施工業者が吸血男爵によって殺された。


それまでは、地方の地域が主に標的になり、様々な憶測がニュースで飛び交っていたが、ついに、ヤツは都会にまで歩みを進めて来たのだ。


『サンティアゴ、今日も、気を付けて仕事よろしくね。』と見送りに来た妻カサンドラマドセンは言う、何かを予感しているようで、いつになく不安げだ。彼女は、勘が鋭く、些細なことだが、様々な予想が当たる。今日も例外ではないだろう。といっても、彼女が当てるのは、クロネコが道を歩いていたり、鴉の死骸を見るくらいの不吉な光景程度だが…。


『お父さん。これ、お守りだよ。』と言って息子のアレハンドロ・マドセンがくれたのは、DIYで作った粗削りなスタンガンだ。この年になっても息子は父親にベタベタで、いつか父が事件に巻き込まれて死ぬんじゃないかと不安げだ。むしろ、父親としては反抗期になって、『クソ親父!』と怒鳴って出ていくくらいの大見得を切ってくれてもいいのにと思うくらいだった。


『ああ、ありがとう。さすがだな。コンピュータオタクは、電気機械にも詳しいとは。頼もしいよ。将来が、安心だ。大事にするよ。愛してる。』と言ったが、正直サンティアゴの職場にはもっと強力で機能的なテーザー銃が配備されている。すべての警官が、ホルスターにそれを提げることができ、万が一の一般人の暴動やギャングの小規模な抗争などで、一役買っていた。とはいえ、彼にとって、いくつになっても息子を愛してやまない。無碍にすることなど考えられなかった。


さて、時は経ち、普段よりもパトロールを強化する夜になった。吸血男爵は夜に事件を起こすとされている。サンティアゴも、自然と自身の身体に不安の潮が満ちる。もしかして、妻の予想は当たるんじゃないか…。


と、ここで、後ろから来た通行人に道を聴かれた。『あの…。すみませんが、メトロポリスビルはどこにありますか。』と。幾許か顔をこわばらせていたサンティアゴは、相好を崩し、振り返る。吸血男爵は、全く物を言わず、表情の見えないように真っ赤なお面をして、鬼神のごとき神速で切り付けてくると噂やネット記事では聴く。まさかこのように話しかけてくるわけが…。


しまった、相手は、街灯の逆光で顔が伺えないが、サンティアゴよりも背が高く、こちらが見上げるような姿勢だ。もしも相手が男爵なら、首を掻かれるのには無防備だ。


とっさに彼は無意識でもって頸動脈を守るべく両手でそれぞれの耳をもむようなしぐさをした。すると、相手の通行人の巨人は少し困った様子で、此方を眺めている。といってもいまだに表情は逆光でうかがえないが。


『どうしたんです?耳が痒いですか?』と彼は疑問そうだ。サンティアゴとしても、不本意だった。相手に対して、やけに過剰反応している。


『ああ、えっと、すみませんね。ここから、まっすぐいくと、アルカラ42番通りに着きますよ。案内しましょうか?』と彼は言う。


『いえ、大丈夫です。一人で行けますから。それにしても、大変ですね。こんなヒトケのないところを、巡回ですか?』と男は言った。


『そうですか。それはよかった。ええ、まあ、最近は、何かと物騒ですしね。』と彼は言う。少し、緊張している。


『ああ、まさか、吸血男爵のことではありませんか?』と男は言う。まだ顔はうかがえない。サンティアゴとしても、回り込んで顔を見るような失礼なことはしたくない。どちらかというと、疑うのが警官の仕事だが、疑わしきは罰せずという個人の理念から、彼は何人にも親切を心がけている。そのために、駐在業務から抜け出せないのは、彼も認めている。


『それだけではないですよ。もう、いろいろありすぎて。』とサンティアゴは頬をゆるめた。このまま雑談になりそうだ。


『そうですか。あまり、聞かせてもらうのは、情報漏洩になって悪いでしょうし、代わりに私の話を聞いてもらえますか。で、少しホームシックになってしまって。』と男は言った。


『ほう、なるほど、では、コークでも片手に、お聞きしましょう。私は、全人類の悩みを聴くために、交番勤務していると言っても過言ではありませんから。』とサンティアゴは豪語してみせた。


『こちらに、自販機があります。一緒に行きましょう。』とサンティアゴは言って、クルリと背を向けた。もう完全に油断している。自販機の電灯に近づいて、顔をうかがえたらいいと思っている。ちなみに、相手の服装は、真っ黒だが、ビニールでもなく、少し控えめで大人しい、人生に疲れた旅人がしていそうな格好であるため、とは思わなかった。


『私は、血を呑まないと生きて行けないんです…。』と後ろに立った男はいきなり言った。かと思ったら、突然『ドス!』と耳をつんざくような音がして、胸に激痛が走った。


痛む箇所を両掌で押えると、みるみる血の気が引いてきた。脚から力が抜け、硬いアスファルトに受け身の取れぬままに顔面を打ち付ける。背後に男が迫る。意識の遠のく彼の耳に、男の声が届く。男は、サンティアゴの身体を、仰向けにした。


『すみません。私は死ぬのが怖いんです。私が、私の記事を自分で書きました。大げさに、漫画チックに書くと、話題性が増して、そのうえ事実との乖離が実際実物遭遇したときの危機感を小さくするので都合イイのです。警察の捜査はポンコツです、私の簡単な工作が、全然ばれない。もはや、意図せぬ完全犯罪です。あなたも、同様のようですね。』と男は言って、舌なめずりをした。ジュルリと水気を啜る音が気色悪い。


『私は、銃器を扱う会社の息子です。それで、血の泉である心臓に穴をあけて、頂くんです。もう、人間じゃなきゃダメなんです。いろんな病気を併発しているので、いずれ死ぬんですが、この血がないと、ダメなんです。大元が治らない…。』と男はつづけた。


サンティアゴの見ている景色が霞んでいく。男は、彼の胸に口を寄せ、血を吸う。能面のような顔は、彼の本当の顔だった。表情一つない、も涙もない男の顔。


『やはり緑じゃないんですね。何処に行ったら、何人殺せば、会わせてもらえるんだろう…。』街灯の方に手を伸ばし、光を当てた男は言った。


(ちなみに、彼は銃創がわからないように後で遺骸を刃物でぶつ切りにし、あえて遺骸が見つかりやすいように市街に放置する。そして、やっぱりまた刃物でやっていると印象づけている。認知バイアスをかけているのだ。)


(FIN)

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